Re: 南京での虐殺被害数も提示できないサヨ
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2007/05/30 14:00 投稿番号: [16247 / 29399]
>それは違うよ
>南京に攻め込んだ日本軍の部隊は、九個師団と一個師団、およそ20万人。
十万人以下の約8万程度。>
十二月一日、ついに(敵国首都南京を攻略すべし)との天皇からの命令(大陸令)が下った。
すでに南京攻略を決意していた現地軍に中央が追認する形になった。
中支那方面軍司令官松井石根の指揮下に上海派遣軍と第十軍はいくつかのルートに
分かれて南京に向かって侵攻した。
南京攻略に参加した陸軍の部隊は、九個師団と一個旅団である。
上海戦での消耗もあったが、その後の補充も盛んに行われたので、兵員にして二十万近い大軍団であった。
これ以外に、海軍も参加している。
第三、第四艦隊で編成された支那方面艦隊にも(南京を攻略せよ)との
天皇の命令が出された(大海令)。
これを受けて第十一戦隊の艦隊が揚子江を遡行して南京に向けて出撃した。
しかし上海戦から含めて日本軍の大きな効果を発揮したのは海軍の航空部隊である。
八月十五日の渡洋爆撃から数えて南京陥落までの南京への爆撃回数は百回以上にも及んでいる。
南京城を直接囲んで攻撃したのは主に第十六師団(京都)、第九師団(金沢)、
第百十四師団(宇都宮)、第六師団(熊本)の四個師団である
(参照:社会評論社刊
南京戦
閉ざされた記憶を尋ねて
より抜粋)
これは メッセージ 16244 (new_gene02 さん)への返信です.
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