南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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ウイグル人への迫害2

投稿者: anti_mainas_shikou 投稿日時: 2007/05/24 22:15 投稿番号: [16059 / 29399]
諸君』2006年5月号
目のあたりにした血も凍る拷問・悲鳴・絶叫…     ウイグル人の悲劇
ラビア・カーディルからのメッセージより


74〜75頁
六道湾看守所で最初に放り込まれた独房は、日の光が一筋も入らない真っ暗闇の狭い部屋でした。
明かりはあっても彼らはそれを点(つ)けないのです。

そこに二年間も閉じこめられました。 僅かのすき聞から、時間になったら食事が差し込まれるだけです。
星間も外に出させてはもらえず、四十五日間に一回だけ僅かの時間、太陽の下に出してもらえます。

暗闇の独房で気がふれたり病んだりする人も少なくないと聞き及んでいたので、
「絶対生きて此処を出るのだ」と気持ちを強くして、身体が鈍って病気にならないよう、

闇の中、しじゅう貧乏揺すりをし、身体を動かしていました。
その様をライトの下で見た看守は、「気のふれた女め」 と私を罵りました。
・・・

しかし、八家戸監獄に移送され、真っ暗な独房から少しだけ日の光が差し込む三人部屋に変えられた時、
看守らの私に対する態度が少し変わってきたことに気づき、
「ああ、誰かが何処かで私のことを支援してくれている。私は一人ではないんだ」 と思えて嬉しくなりました。

監獄の部屋は独房ではなくなったけれど、今度は 「他人と絶対話をしてはいけない。
他人に話しかけてもいけない」 と厳命されました。

人の顔を見てはいけない、笑ってもいけないと。
これは辛かった。監獄の中で、私には何にもすることがないのです。
何もしなかった。否、出来なかった……。

同じ部屋の二人の囚人は漢族で、麻薬犯と殺人犯でした。
彼女たちは毎日、私を監視し、報告することを義務づけられていました。

いつも通達を持ってくるのは、漢族の女公安で 「潘指導員」 という人物でした。
ウイグル族の公安もいましたが、ウイグル族の公安はウイグル族の収容者と、
単独で個別に話をしてはいけないという規定がありました。

漢族は全くウイグル人を信用していなかったのです。
ウイグル族の公安は、何かほほえましいことがあっても人間関係を気にし、
(漢族を) 怖がって、笑顔を作ることさえ出来なかった。
・・・

二〇〇五年三月のある日、突然、 「面会だ」 と言われ、公安が用意した一室に連れて行かれると、
子供たちが来ていました。・・・

二人の公安が監視していたのですが、彼らは 「漢語で話せ、ウイグル語を使うな」 と命令しました。
日常では子供と漢語で話したことはないし、私たちは漢語は母語でないから流暢じゃない。

しかも面会時間は僅か五分間。何も話せずじまいだった。
ひどいことに、「新疆」 にいる五人の子供のうち、三人にだけしか会わせないと言うのです。
あと二人も来ていたのに。

―――――

ウイグル人は言葉も奪われていた。
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