南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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Re: 憲兵が連行、売春強制 従軍慰安婦新史

投稿者: rty3657898 投稿日時: 2007/05/13 02:35 投稿番号: [15710 / 29399]
>「日本軍当局が直接朝鮮に出かけていって組織的大規模(何千何万と)に朝鮮女性を強制連行してきた事実はなかった」ということでしょうが、まあ、河野談話でも日本軍当局の直接の強制連行はなかったと言っているようだし、その後の政府公式の見解も同様のようだから、問題の「官憲等」というのは、「日本軍当局」のことではなく、日本軍当局の監督の目を逃れた、個々の日本軍将兵の「犯罪」という意味のようですね。

第三次日韓協約締結後の1907年に、この条約を履行するため「韓国ニ駐箚スル憲兵ニ関スル件」(明治40年10月7日勅令第323号)が制定された。これによると、内地の憲兵が軍事警察を主とするのに対して、韓国に駐箚する憲兵は治安維持に関する警察を主として兼ねて軍事警察を掌るものとされ、主従が一般と逆転していた。これは、日本国外である韓国内において自己完結能力の低い普通警察では機動的な治安維持の任務を果たせないことに鑑みて、憲兵に普通警察の任を果たさせようとしたものである。
内地軍は一般人の在郷徴兵であり逮捕権(強制連行)はなかったが、朝鮮人軍は朝鮮内政の治安部隊として警察憲兵軍として朝鮮全土約600の分駐所(警察署)に配備され一般市民に対する逮捕権(強制連行)を持ち合わせていた。

朝鮮軍人ニ関スル件(明治44年勅令第36号
http://www.geocities.jp/nakanolib/rei/rm44-36.htm

朝鮮のアウシュビッツと言われた西大門刑務所が問題にならないのは、拷問や虐殺をした日本軍憲兵が朝鮮人だったからである。

http://kamomiya.ddo.jp/Souko/C03/S_Ginamu/Goumon.htm
「日本統治時代、辛基南議長の父から拷問受けた」
日本統治下で日本憲兵として服務した「開かれたウリ党」(ウリ党)の辛基南(シン・キナム)議長の父、辛相黙(シン・サンモック、シゲミツ・クニオと創氏改名)氏から、抗日独立運動をして逮捕された後、ひどい拷問と取り調べを受けた、という証言が出てきた。
京畿道高陽市(キョンギド・コヤンシ)に住むチャ・イクファンさん(79)と釜山(プサン)スンチョン医院のキム・ジャンリョン院長(78)は17日、「抗日運動をして日本軍憲兵に捕まり、顧問と取り調べを受けたが、その人の名前はシゲミツ・クニオだった」と語った。
チャさんは「鎮海(チンヘ)憲兵隊留置場で、別の韓国人憲兵隊員1人と『シゲミツ』という名札を付けた日本軍伍長の上の階級である軍曹階級の韓国人から拷問を受けた」とし、「逆さ釣りにされて鼻に水を注がれたほか、角材で何度も殴られた」と、当時の状況を説明した。チャさんはこの時、左脚を負傷し、いまでも後遺症に苦しんでいるという。
また、チャさんと一緒に秘密決死隊を結成して抗日運動を行ったキム院長は、「逮捕された後、当時調査官だった憲兵軍曹が『私は韓国人だ。大邱(テグ)師範学校を出た』と話したので、韓国人であることが分かった」とし、「当時その憲兵軍曹の名札を見たが、シゲマツ・クニオと書かれていたと思う」と述べた。
キム院長は「当時、1カ月以上も取り調べを受けながら、井戸に逆さ釣りにされ、木刀で殴られた。また、裸にされて一日中、砂利の上にひざをついて座らされた」と明らかにした。
(中央日報 2004/08/18)
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