南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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Re: 安倍の祖父岸は、中国残留孤児を棄民

投稿者: anti_mainas_shikou 投稿日時: 2007/05/12 07:25 投稿番号: [15693 / 29399]
>【関東軍は住民を見捨てて、列車で密かに南下する。】
>開拓団の人々は、獰猛なソ連軍(受刑者などを含む低レベルの部隊)の真っ只中に取り残され、殺戮、強姦、強奪、「集団自決」等により多大の犠牲者を生んだ。
>1949年の中華人民共和国成立で政府は国交を断絶。引き揚げは中断されてしまう。
>中国には未帰還者が数多く残された。


確かに、悲劇です。
では、中国は、似た事をしなかったんでしょうか。

中国政府は、負け戦になると、住民をおきざりにして、重慶に逃げました。
【関東軍は住民を見捨てて、列車で密かに南下する。】 と同じですね。

そしても戦後、戻ってきて、日本軍統治下にあった、自国民を漢奸として大量に処罰しています。


このことを 盛毓度 さんは、その著
『新・漢民族から大和民族へ』 東洋経済新報社   昭和53年9月15日発行に書いています。

55〜57頁
  盛家では、・・・、私のように日本に留学したものもいる。日本の占領時代は、否応なく私が引き出されるハメになったが、これからは〃選手交替″で、日本が負けたのだから、お前は引っ込んでいたほうがよい、ということになった。

といって、私は何も悪いことをしていないから、逃げかくれすることは全然ないと考えていた。
日本軍の占領下で否応なく働かされていたのは、何千人、何万人といたのだから……。

しかし、これらの人々は結局、祖国を裏切り日本に協力した漢奸ということになり、
トップクラスが何千人となく捕らえられ、牢獄に入れられた。私などは、そのなかではごく軽いほうだった。


私は、当時の国民政府の漢奸狩りに強い憤りをおぼえた。

なぜなら、国民政府は日本軍に追われ、重慶に逃げるとき、中国の国民をいっしょに連れて逃げたわけではない。
みんな置きっぱなしで行ってしまったのだ。

あとに置き去りにされた何倍という中国人は、
いやでも日本の占領地域で生きていかねばならなかったのである。

国民政府軍は武器を持っていてさえ逃げたではないか。手ぶらの民間人がどうして銃剣を持った日本軍と戦えるのか
国民を守りもしないで逃げた連中が、帰ってきて漢奸狩りをするとはなにごとだ、という気持が強かった。

・・・
  長い間の抗日戦で、国民政府の軍人や高級官僚は飢え切っていた。だから、ようやく戦いが終わり、
重慶から出てきて自分たちの天下になったと思ったとたん、彼らは悪いことばかりを始めた。・・・


どんなことをしたかというと、金子、房子、妻子   −   つまり、庶民のお金や家を没収し、他人の奥さんまで奪ってしまう。

たとえば、誰かまわず、おまえは戦時中に日本に協力したじゃないか、漢奸だといって牢屋に放り込む。
そして、家と金を没収する。そうすると奥さんは生活に困り、なんとかしてくれないかと泣き込んでくる。

すると、彼らは、おまえがおれのいうことを聞けば、なんとかしてやろう、とかなんとかいいながら、その奥さんをものにしてしまう。
それでも、約束どおり旦那を釈放してやればまだしも、思いをとげるとその約束もホゴにしてしまう。


>岸内閣は、1959年、未帰還者がいるにもかかわらず、「戦時死亡宣告」を行って戸籍を抹消する措置をとった。
>この手続をすれば3万円の弔慰金が出る。

中国のやり方と比べて、どうだろうか?


>日中国交回復後も、大蔵省(当時)が戦時死亡宣告された者に対する身元調査の予算は計上できないというかたくなな姿勢を貫き、身元調査はさらに遅延することになる。

官僚の非人間的なことは、薬害問題でもおなじみで、別に、戦争に限った話ではない。
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