恥ずかしくなって
投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2003/05/12 21:40 投稿番号: [1523 / 29399]
プロフィール書き換えたんだね。
><東大卒>なんて 書いた覚えないよ
<東和大学を4年で卒業>とは 書いたけど
嘘ばっかり。
親父がプロフィール捏造か。
若僧じゃないのに、捏造・・・・・・。
似たような「改ざん」ていう資料を見つけたので、以下に。
南京も「なかった事にする」には、無理があるようだね。
「松井岩根大将『陣中日記』改竄の怪」板倉由明
(「歴史と人物」昭和60年冬の号)
編集室の一隅で資料を見せられたときは,息の詰まる感じであった。目の前に並んだ自衛隊の板妻駐屯地資料館蔵の「松井日記原本」(コピー並びにかなりの数の写真版)と、芙蓉書房版・田中正明編「松井岩根大将の陣中日誌」第4章収録の「日記」との間には,見過ごすことのできない大きな差異が,それも単純ミスではない明らかに意図的な改竄がいくつも認められたのである。
以上のうち,ここではA、B両クラスの一部だけを取り上げることにした。 このCの送り仮名,漢文表記まで含めれば,その異同はおよそ九百カ所に及んでいる。
これも悪質な書き換えである。田中氏は「支邦事変日誌抜粋」(73ページ)からにある記者会見の記述を元にしてこの部分を作ったのであろう。しかし、そもそも日記原本にない「抜粋」などというのもおかしいが、書き加えた上に「南京占領から十日を経た外人記者団との会見において,松井大将が『南京虐殺』に関する質問受けたという様子が全く見られない点,注目すべきである」という編者注まで付けていることはどういうことか。
(中略)
この会見で通訳にあたった堀口氏の記憶では,外人記者たちから南京事件の質問が続出し,松井大将は「現在調査中」と苦しい答弁をしていた,という。嫌な質問があったからこそ日記に書かなかったのである。
この部分は芙蓉版と日記原本では意味が全く異なってくる。まず芙蓉版では,残留内外人は多少恐怖していたが,日本軍が治安回復に努めた結果安心してきたように読める。
ところが日記原本を素直に読むと日本軍が落ち着いてきたので内外人も安心したことになり,恐怖の原因が日本軍にあったことが判る。
(中略)
この改竄は弁解の余地なしというべきで,素人の筆者が何度眺めても「治安」とか「誠に遺憾」などの文字は見つからない。「多少」と「不少」の読み違いは止むを得ぬと甘く見ても,編者が自己の主張に合わせて松井日記の記述を反対方向にねじ曲げたことは否定できまい。
以上のように芙蓉版(引用者註:田中正明の本のこと)版を検討してみると,改竄の方向がすべて南京事件否定に向かって揃っていることがあらためてはっきりする。
><東大卒>なんて 書いた覚えないよ
<東和大学を4年で卒業>とは 書いたけど
嘘ばっかり。
親父がプロフィール捏造か。
若僧じゃないのに、捏造・・・・・・。
似たような「改ざん」ていう資料を見つけたので、以下に。
南京も「なかった事にする」には、無理があるようだね。
「松井岩根大将『陣中日記』改竄の怪」板倉由明
(「歴史と人物」昭和60年冬の号)
編集室の一隅で資料を見せられたときは,息の詰まる感じであった。目の前に並んだ自衛隊の板妻駐屯地資料館蔵の「松井日記原本」(コピー並びにかなりの数の写真版)と、芙蓉書房版・田中正明編「松井岩根大将の陣中日誌」第4章収録の「日記」との間には,見過ごすことのできない大きな差異が,それも単純ミスではない明らかに意図的な改竄がいくつも認められたのである。
以上のうち,ここではA、B両クラスの一部だけを取り上げることにした。 このCの送り仮名,漢文表記まで含めれば,その異同はおよそ九百カ所に及んでいる。
これも悪質な書き換えである。田中氏は「支邦事変日誌抜粋」(73ページ)からにある記者会見の記述を元にしてこの部分を作ったのであろう。しかし、そもそも日記原本にない「抜粋」などというのもおかしいが、書き加えた上に「南京占領から十日を経た外人記者団との会見において,松井大将が『南京虐殺』に関する質問受けたという様子が全く見られない点,注目すべきである」という編者注まで付けていることはどういうことか。
(中略)
この会見で通訳にあたった堀口氏の記憶では,外人記者たちから南京事件の質問が続出し,松井大将は「現在調査中」と苦しい答弁をしていた,という。嫌な質問があったからこそ日記に書かなかったのである。
この部分は芙蓉版と日記原本では意味が全く異なってくる。まず芙蓉版では,残留内外人は多少恐怖していたが,日本軍が治安回復に努めた結果安心してきたように読める。
ところが日記原本を素直に読むと日本軍が落ち着いてきたので内外人も安心したことになり,恐怖の原因が日本軍にあったことが判る。
(中略)
この改竄は弁解の余地なしというべきで,素人の筆者が何度眺めても「治安」とか「誠に遺憾」などの文字は見つからない。「多少」と「不少」の読み違いは止むを得ぬと甘く見ても,編者が自己の主張に合わせて松井日記の記述を反対方向にねじ曲げたことは否定できまい。
以上のように芙蓉版(引用者註:田中正明の本のこと)版を検討してみると,改竄の方向がすべて南京事件否定に向かって揃っていることがあらためてはっきりする。
これは メッセージ 1522 (obakana_nihonnjinn さん)への返信です.