ペテン学者藤岡某の素顔
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2007/03/30 16:41 投稿番号: [14938 / 29399]
(wikipedia参照):
湾岸戦争以前まで日本共産党員であり、講演活動を活発に行っていたが、ソ連崩壊と共に共産党を離れ、思想的にも社会主義を真向から否定する姿勢に転向した。湾岸戦争の時の日本の採った態度一国平和主義に平和運動の限界を感じ、保守陣営に身を投じるようになった。転向以前は、政治的教育的に現代の彼の正反対の立場にある歴史教育協議会(歴教協)の会員でもあった。
なお、東大の教官の間では、アメリカ留学時代に英語が通じなかったことが藤岡の劣等感を生み、独自の強硬路線を主張する契機となったと見ている
「新しい歴史教科書をつくる会」元・名誉会長西尾幹二によると、情熱が知性より先走るタイプであるが、肝心のところでは、意気地が無く、将たる器ではないとされる。実際、八木秀次副会長の下では、「つくる会」の評議会で、公然と面罵されるがままであったらしい。もっけの幸いの怪文書事件で、八木が副会長を辞任することなり、彼が現副会長職にあるが、既定路線どおり八木が会長に昇進していれば、彼の昇進は無かったであろうとされる。
東大を退職すると、益々反左翼として言論活動を活発に行なっていく。
これは メッセージ 14936 (llluruurulll さん)への返信です.
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