また続き。
投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2003/04/22 20:16 投稿番号: [1456 / 29399]
(大審院判決発見の意義)
1 これまで、慰安所への募集・移送行為を犯罪として裁いた先例として明らかになっていた裁判例は、1948年バタビア判決のみだった。これは、オランダ法に基づく、オランダ軍事法廷の裁判であった。最近、グヮムの米軍軍事法廷が米国女性被害者を軍「慰安婦」とした日本軍関係者を有罪とした判例が発見された。しかし、いずれも日本の裁判例ではなかった。今回発見されたのは、日本の裁判所、しかも大審院の判決である。
2 軍「慰安婦」として女性を強制(非任意)連行し、慰安所で性的奉仕を強いることは、国際条約上の義務として日本には処罰義務があるはずの人身売買・誘拐などの犯罪であったことが主張されていた(IFOR、日弁連、ICJ、クマスワミ報告書)。またそれは、日本の当時の刑事法を含めどこの国の刑事法でも、犯罪として処罰可能な行為であったことは、理論的に又常識的に明らかだとされてきた。しかし、現実には具体的な日本の刑事法を適用した処罰例は知られていなかった。今回の発見で、理論的のみならず、現実に処罰ができること、それを大審院が肯定していたことが明らかになった。
3 内容的には、共同正犯を広く認め、実行行為を行わなくとも、順次謀議に参加しただけで共同正犯となるとしたことが重要だ。この判例を適用すれば、これまで業者の陰に隠れるようにしてきた政府の責任逃れの論理が使えなくなる。1932年当時は、軍「慰安所」も未発達だったが、その後制度的に確立されてくるにつれ、軍の「関与」はより積極的なものになった。しかし、軍「慰安婦」の募集、移送などを計画した軍関係者は、命令、授権、許可しただけであって、実行行為は業者に要請して任せただけなのだから、「主犯は業者である」との主張もあった。だが、今回の発見で、その論拠が崩れたと言えよう。軍関係者の行為は「謀議」への参加以上のものであったことを否定できない。「謀議」成立には命令書などの存在の必要がないことも当然である。軍人が募集・国外移送の実行行為を分担しなくとも(実行行為を行った場合も多々あった)、命令書がなくとも、共謀があれば、軍人が共同「正犯」=主犯であることが論証された。軍人の関与の程度が正犯以下の従犯にすぎない場合でも、国際法上国家の法的責任が生じるのはまた別論である。
4 多数の軍「慰安婦」募集が騙して連行する形態のものであり、物理的強制力を行使した場合ばかりでなかったことから、「強制連行はなかった」と犯罪でなかったかのように主張する論者がある。この判決で明らかなように、刑法上「誘拐」は騙して連行する場合である。騙して連行した場合(物理的強制力の行使がない)も犯罪だったのである。
5 日本内地からの軍「慰安婦」の募集・国外移送の場合は、大審院も犯罪として処罰すべきとしていたことがはっきりした。日本からの軍「慰安婦」としての海外渡航に関する警察による原則禁止措置政策(1938年2月23日内務省警保局長通牒。21才以上の現に登録ある娼妓で、本人が真に希望する場合にのみ例外的に許すという方針)とも符合する。
6 問題は、植民地だった朝鮮や台湾からの海外渡航の場合は同様の禁止措置が取られた形跡がないことである。日本の政策が、日本では軍「慰安婦」の誘拐国外移送を厳しく取締り、植民地では不処罰の状態におくというものだったことを浮き彫りにする発見だ。
続きは
http://www.jca.ax.apc.org/JWRC/center/totsuka/97-10.htm
*「日本人の国外移送」は取り締まり、「植民地」の台湾人、朝鮮人に対しては「取り締まった形跡が無い」ということで、無数の悲劇が生まれたんですね。
5と6に書いてあります。
「従軍慰安婦制度」は、「人種差別」が基になってるといわれますが、こういった事例を見ても、よくわかります。
1 これまで、慰安所への募集・移送行為を犯罪として裁いた先例として明らかになっていた裁判例は、1948年バタビア判決のみだった。これは、オランダ法に基づく、オランダ軍事法廷の裁判であった。最近、グヮムの米軍軍事法廷が米国女性被害者を軍「慰安婦」とした日本軍関係者を有罪とした判例が発見された。しかし、いずれも日本の裁判例ではなかった。今回発見されたのは、日本の裁判所、しかも大審院の判決である。
2 軍「慰安婦」として女性を強制(非任意)連行し、慰安所で性的奉仕を強いることは、国際条約上の義務として日本には処罰義務があるはずの人身売買・誘拐などの犯罪であったことが主張されていた(IFOR、日弁連、ICJ、クマスワミ報告書)。またそれは、日本の当時の刑事法を含めどこの国の刑事法でも、犯罪として処罰可能な行為であったことは、理論的に又常識的に明らかだとされてきた。しかし、現実には具体的な日本の刑事法を適用した処罰例は知られていなかった。今回の発見で、理論的のみならず、現実に処罰ができること、それを大審院が肯定していたことが明らかになった。
3 内容的には、共同正犯を広く認め、実行行為を行わなくとも、順次謀議に参加しただけで共同正犯となるとしたことが重要だ。この判例を適用すれば、これまで業者の陰に隠れるようにしてきた政府の責任逃れの論理が使えなくなる。1932年当時は、軍「慰安所」も未発達だったが、その後制度的に確立されてくるにつれ、軍の「関与」はより積極的なものになった。しかし、軍「慰安婦」の募集、移送などを計画した軍関係者は、命令、授権、許可しただけであって、実行行為は業者に要請して任せただけなのだから、「主犯は業者である」との主張もあった。だが、今回の発見で、その論拠が崩れたと言えよう。軍関係者の行為は「謀議」への参加以上のものであったことを否定できない。「謀議」成立には命令書などの存在の必要がないことも当然である。軍人が募集・国外移送の実行行為を分担しなくとも(実行行為を行った場合も多々あった)、命令書がなくとも、共謀があれば、軍人が共同「正犯」=主犯であることが論証された。軍人の関与の程度が正犯以下の従犯にすぎない場合でも、国際法上国家の法的責任が生じるのはまた別論である。
4 多数の軍「慰安婦」募集が騙して連行する形態のものであり、物理的強制力を行使した場合ばかりでなかったことから、「強制連行はなかった」と犯罪でなかったかのように主張する論者がある。この判決で明らかなように、刑法上「誘拐」は騙して連行する場合である。騙して連行した場合(物理的強制力の行使がない)も犯罪だったのである。
5 日本内地からの軍「慰安婦」の募集・国外移送の場合は、大審院も犯罪として処罰すべきとしていたことがはっきりした。日本からの軍「慰安婦」としての海外渡航に関する警察による原則禁止措置政策(1938年2月23日内務省警保局長通牒。21才以上の現に登録ある娼妓で、本人が真に希望する場合にのみ例外的に許すという方針)とも符合する。
6 問題は、植民地だった朝鮮や台湾からの海外渡航の場合は同様の禁止措置が取られた形跡がないことである。日本の政策が、日本では軍「慰安婦」の誘拐国外移送を厳しく取締り、植民地では不処罰の状態におくというものだったことを浮き彫りにする発見だ。
続きは
http://www.jca.ax.apc.org/JWRC/center/totsuka/97-10.htm
*「日本人の国外移送」は取り締まり、「植民地」の台湾人、朝鮮人に対しては「取り締まった形跡が無い」ということで、無数の悲劇が生まれたんですね。
5と6に書いてあります。
「従軍慰安婦制度」は、「人種差別」が基になってるといわれますが、こういった事例を見ても、よくわかります。