慰安婦の生活はどう悲惨だったのか?
投稿者: newz_provider_neo 投稿日時: 2007/03/06 06:41 投稿番号: [13838 / 29399]
女性が不特定多数を相手に、性奴隷としての生活を強いられることは屈辱であり、悲惨このうえないことは自明ですが、連合軍による尋問資料の一部を取り出して、安楽な生活であったと主張する人がいます。兵士から見ればかなりの大金を払ったたという記憶もありますが、業者や軍にピンハネされ、手元に残る収入も、多く前払いの借金の支払いに消えます。お金はまったく受け取っていないと証言している慰安婦も多くいます。支払いは軍の勝手に発行する紙幣「軍票」でしたから、終戦と同時にただの紙屑になりました。
慰安婦は将校用、下士官用、兵用にわけられ、将校用には内地から来た日本人のプロがあたり、アジア人は兵用として、ひどい場合にには、わらむしろで囲っただけの「部屋」の前に、兵隊が並んで順番を待つ「公衆便所」状態でした。休む間もなく次々に何人もの「処理」をさせられる代償として軍が勝手に決めた定額料金を受け取るのです。連隊長の許可を得なくては外出もできない監禁状態の場合もあり、衛生状態も悪く、前線近くまで連れていかれた人では、終戦まで命があった人は多くなかったかもしれません。
「安楽な生活」に引用されるミッチナ文書でも朝鮮人、中国人の慰安婦は未経験者が大半で、未成年者も多かったと言う違法性が読みとれます。戦後も悪夢のトラウマに悩まされ、過去を隠してひっそりと生きて行かねばなりませんでした。現在名乗り出ているのはごく一部で、親類縁者の無い人がほとんどです。
これは メッセージ 1 (yuukouheiwa さん)への返信です.
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