南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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強制連行はあったか?

投稿者: newz_provider_neo 投稿日時: 2007/03/06 06:21 投稿番号: [13835 / 29399]
  慰安婦の徴募について強制連行はなかったと主張する人がいます。娼妓取締規則に基づいた自由意志の確認でもやっておればはっきりした根拠があるのですが、この主張には根拠がありません。「私が強制連行をやった」と云う内容の本が出版されたことがあり、その本の証言があやふやであったことが話題になりましたが、もちろんこれは強制連行が「無かった」と云う根拠にはなりません。
  慰安婦の徴募はいろいろな手段で行われました。日本の国内で行われたと同じ様な「身売り」もあり、なるべく穏便な手段で集めるのがやはり基本ではあったでしょうが、「○月×日までに慰安婦××名送れ」などという軍の電文(例えば台電935号)も残っているように、軍の命令系統を通じた指令です。徴集現場も、員数あわせには手段を選んでおれなかったでしょう。強姦事件で軍規の乱れを防ぐためと理由づけたのですから、十分な数の慰安婦を確保することも軍事作戦の一部だったのです。

  最も確実な証拠のある軍による強制連行の例はインドネシアで起こった「白馬事件」とよばれている事件です。白馬というのは当時の隠語で「白人女性に乗る」ことを意味していたみたいです。インドネシアには数カ所に白人女性を使った慰安所があり、総計65名のオランダ人被害者の事例が記録されていますが、特に有名なのが1944年2月新設のスマラン慰安所の事例です。

これは南方軍管轄の第一六軍幹部候補生隊が17才以上のオランダ人女性をスマラン慰安所に連行して、少なくとも35名に売春を強制した事件で、まぎれもない軍による強制と言えます。オランダ抑留民団が必死の抵抗を示し、陸軍省から捕虜調査に来た、小田島薫大佐への直訴に及んで、軍中央も知らないでは済まされないことになりました。オランダへはすでに様々なルートで事態が知らされており、国際世論の反発を招くことが必至の状況でしたので、軍はやむなく2カ月後にこの慰安所を閉鎖する処置をとりました。小田島大佐は陸軍省の捕虜管理部であり、これらの女性は慰安所に送られる前から収容所に入れられていたので、捕虜虐待問題として扱われましたが、戦闘員でもない17才の女の子を捕虜というわけにもいかないでしょう。これは、どう見ても住民虐待つまり慰安婦事件そのものです。

  こうした日本側の処置などが、記録に残ってしまったことと、被害者が白人だったので、連合国の追求がきびしく、関係者が戦犯に問われて裁判記録が残ってしまったことが今では決定的な証拠になっています。慰安婦に関しては資料が乏しく、「証拠がない」との居直りを許すもとになっているのですがこの事件はその意味で大変重要な完璧な証拠を備えた事例だと言えます。インドネシアでのオランダ人慰安婦についてはオランダ政府の調査報告書が出ており、白人慰安婦は総数200から300人と推定されています。報告書では「自発的」な慰安婦の存在も認めていますが、それはごくわずかです。
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