韓国人元慰安婦が会見を嗤う
投稿者: sononahaxy 投稿日時: 2007/03/05 23:57 投稿番号: [13826 / 29399]
目撃談・元慰安婦の超いいかげん証言。
2007/03/05 13:40
本日、またも「史実を世界に発信する会」事務局長の茂木弘道さんから情報提供がありました。ありがとうございます。茂木さんは今月2日、外国人記者クラブで開かれた韓国人元慰安婦、イ・ヨンス女史の記者会見に出てきたそうです。このイ女史という人は、米下院での慰安婦問題に関する公聴会に証言者として出席した人ですね。
で、茂木さんによると、イ女史は記者会見では、ちょっとおぼつかない日本語でしゃべったそうで、なんと「私は日本軍によってある夜、家から連れて行かれた」と証言したそうです。この「日本軍によって」というのが本当であるならば、これはれっきとした強制連行でしょうね。きょうの参院予算委員会でも安倍氏が「狭義の強制性」、つまり官憲による強制連行は証拠が見つかっていないと指摘していましたが、これは間違っていることになります。
さて、それでは、イ女史は米下院では何と証言していたでしょうか(日本語の方は私のテキトーな訳です)。
《A few days later,Punsun knocked on my window early in the morning,and whispered to me follow her quietly.I tip-toed out of the house after her.I lift without telling my mother.》(2、3日後、(友人の)プンスンが朝早く私の家の窓をたたき、急いでついてきてとささやいた。私はそっと家を抜け出し、彼女に続いた。母には何も言ってきませんでした)
ずいぶんと記者会見での証言と話が違いますね。この米下院での証言は、『証言 強制連行された朝鮮人慰安婦たち』(韓国挺身隊問題対策協議会・挺身隊研究会編、明石書店、1993年)に書いてある話とほぼ一致します。でも、これは友達に誘われて家を出たという話で、日本軍によって家から連れ去られたという話ではまったくありません。
この本の記述によると、プンスンとイ女史はその後、売春宿の経営者らしき40歳ちょっと前の日本人男性に会い、赤いワンピースと靴をもらってついて行くことにします。本には、男性の服装について「国民服に戦闘帽をかぶっていました」とあります。
ところが、米下院ではイ女史はこの男性の服装について「People's Army's uniform」(国民軍服?)と証言しているそうです。いつのまにか意味・実態不明ながら軍服を着ていたことにされ、軍の行為という印象操作が施されたようです。結局、日本軍・官憲による強制連行説というのは、こうした極端な飛躍というか、いいかげんな発言がすべてのおおもとではないかという気もします。
茂木さんにの話では、記者会見の際には、支援者たちがイ女史の周りを取り囲んでいたそうです。茂木さんは「支援者たちは、イ女史のもともとの証言がどうだったかは知っているのに、黙っていた」と憤っていました。イ女史が外国人記者たちに、そうした偽証を行い、慰安婦問題に対する誤解を撒き散らすのをかえって都合がいいぐらいに思っていたのかもしれません。卑怯だと感じますが。
イ女史については、これまでも慰安婦となったときの年齢を16歳と言ったり、14歳と述べたり、証言に矛盾が多いので有名でしたが、こうしたいい加減発言をそのまま信じて記事にした人が多いのだろうなと思うと、暗澹たる気持ちになります。そして、それを素直に受け止めた読者も決して少なくなかっただろうと。
平成5年の河野談話の唯一の根拠となった、韓国での密室の元慰安婦聞き取り調査は、いまだに内容が明らかにされていません。でも、もし、このイ女史の証言のように、だれが聞いてもいいかげんな話がもとだったということならば…。考えるだに恐ろしい想像ですが、十分ありえますね。外務省・内閣府がプライバシーを理由に頑なに情報開示を拒んでいるのは、見せられるような内容ではないからかもしれません。
引用 イザブログ
本日、またも「史実を世界に発信する会」事務局長の茂木弘道さんから情報提供がありました。ありがとうございます。茂木さんは今月2日、外国人記者クラブで開かれた韓国人元慰安婦、イ・ヨンス女史の記者会見に出てきたそうです。このイ女史という人は、米下院での慰安婦問題に関する公聴会に証言者として出席した人ですね。
で、茂木さんによると、イ女史は記者会見では、ちょっとおぼつかない日本語でしゃべったそうで、なんと「私は日本軍によってある夜、家から連れて行かれた」と証言したそうです。この「日本軍によって」というのが本当であるならば、これはれっきとした強制連行でしょうね。きょうの参院予算委員会でも安倍氏が「狭義の強制性」、つまり官憲による強制連行は証拠が見つかっていないと指摘していましたが、これは間違っていることになります。
さて、それでは、イ女史は米下院では何と証言していたでしょうか(日本語の方は私のテキトーな訳です)。
《A few days later,Punsun knocked on my window early in the morning,and whispered to me follow her quietly.I tip-toed out of the house after her.I lift without telling my mother.》(2、3日後、(友人の)プンスンが朝早く私の家の窓をたたき、急いでついてきてとささやいた。私はそっと家を抜け出し、彼女に続いた。母には何も言ってきませんでした)
ずいぶんと記者会見での証言と話が違いますね。この米下院での証言は、『証言 強制連行された朝鮮人慰安婦たち』(韓国挺身隊問題対策協議会・挺身隊研究会編、明石書店、1993年)に書いてある話とほぼ一致します。でも、これは友達に誘われて家を出たという話で、日本軍によって家から連れ去られたという話ではまったくありません。
この本の記述によると、プンスンとイ女史はその後、売春宿の経営者らしき40歳ちょっと前の日本人男性に会い、赤いワンピースと靴をもらってついて行くことにします。本には、男性の服装について「国民服に戦闘帽をかぶっていました」とあります。
ところが、米下院ではイ女史はこの男性の服装について「People's Army's uniform」(国民軍服?)と証言しているそうです。いつのまにか意味・実態不明ながら軍服を着ていたことにされ、軍の行為という印象操作が施されたようです。結局、日本軍・官憲による強制連行説というのは、こうした極端な飛躍というか、いいかげんな発言がすべてのおおもとではないかという気もします。
茂木さんにの話では、記者会見の際には、支援者たちがイ女史の周りを取り囲んでいたそうです。茂木さんは「支援者たちは、イ女史のもともとの証言がどうだったかは知っているのに、黙っていた」と憤っていました。イ女史が外国人記者たちに、そうした偽証を行い、慰安婦問題に対する誤解を撒き散らすのをかえって都合がいいぐらいに思っていたのかもしれません。卑怯だと感じますが。
イ女史については、これまでも慰安婦となったときの年齢を16歳と言ったり、14歳と述べたり、証言に矛盾が多いので有名でしたが、こうしたいい加減発言をそのまま信じて記事にした人が多いのだろうなと思うと、暗澹たる気持ちになります。そして、それを素直に受け止めた読者も決して少なくなかっただろうと。
平成5年の河野談話の唯一の根拠となった、韓国での密室の元慰安婦聞き取り調査は、いまだに内容が明らかにされていません。でも、もし、このイ女史の証言のように、だれが聞いてもいいかげんな話がもとだったということならば…。考えるだに恐ろしい想像ですが、十分ありえますね。外務省・内閣府がプライバシーを理由に頑なに情報開示を拒んでいるのは、見せられるような内容ではないからかもしれません。
引用 イザブログ
これは メッセージ 13825 (youcannotescapefromme さん)への返信です.