南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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稲田朋美などは、こういった資料を

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2007/02/14 00:17 投稿番号: [13549 / 29399]
無視しているんだろうね。

墓穴を掘り続ける、【歴史捏造の弁護士議員】



★望月五三郎手記

  望月五三郎氏は事件当時両少尉と同じ部隊におり、両少尉による「競争」を目の前で見ていた当事者である。

望月氏は1985年に私家版として刊行した手記『私の支那事変』の中でこの事件についても触れており、

この「競争」の実態が、捕らえた罪もない農民を二人で争って斬り殺した殺人競争であったことを赤裸々に描き出している。


志々目証言とこの手記によって、百人斬りの真相はほぼ明らかになったと言っていいだろう。

作り話でもなければもちろん戦闘行為でもなく、無抵抗な捕虜や農民に対する虐殺だったのである。


  ちなみに、この手記は刊行後埋もれたままになっていたが、歴史否定勢力が両少尉の遺族を原告に仕立てて本多勝一氏や毎日新聞、朝日新聞などを「名誉毀損」で訴えた裁判の過程で、新資料として発掘された。


愚かな否定派の策謀も真相究明に役立つことがある、という好例であろう。



  ・・・・   このあたりから野田、向井両少尉の百人斬りが始るのである。

野田少尉は見習士官として第一一中隊に赴任し我々の教官であった。少尉に任官し大隊副官として、行軍中は馬にまたがり、配下中隊の命令伝達に奔走していた。

  この人が百人斬りの勇土とさわがれ、内地の新聞、ラジオニュースで賞賛され一躍有名になった人である。

  「おい望月あこにいる支那人をつれてこい」命令のままに支那人をひっぱって来た。

助けてくれと哀願するが、やがてあきらめて前に座る。少尉の振り上げた軍刀を背にしてふり返り、憎しみ丸だしの笑ひをこめて、軍刀をにらみつける。

  一刀のもとに首がとんで胴体が、がっくりと前に倒れる。首からふき出した血の勢で小石がころころと動いている。目をそむけたい気持も、少尉の手前じっとこらえる。

  戦友の死を目の前で見、幾多の屍を越えてきた私ではあったが、

【抵抗なき農民を何んの埋由もなく血祭にあげる行為はどうしても納得出来なかった。】


  【その行為は、支那人を見つければ、向井少尉とうばい合ひする程、エスカレートしてきた。

  両少尉は涙を流して助けを求める農民を無残にも切り捨てた。支那兵を戦斗中たたき斬ったのならいざ知らず。】

この行為を連隊長も大隊長も知っていた筈である。にもかかわらずこれを黙認した。そしてこの百人斬りは続行されたのである。

  この残虐行為を何故、英雄と評価し宣伝したのであらうか。

マスコミは最前線にいないから、

支那兵と支那農民をぼかして報道したものであり、報道部の検閲を通過して国内に報道されたものであるところに意義がある。

  今戦争の姿生がうかがえる。世界戦争史の中に一大汚点を残したのである。(後略)

(季刊『中帰連』2004年秋号)


http://homepage3.nifty.com/m_and_y/genron/data/nangjin/hyakunin/mochiduki.htm


命乞いする農民を惨殺するなんて・・。
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