南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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Re: 強制連行???

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2007/01/22 21:58 投稿番号: [13318 / 29399]
>強制連行の証拠が、いっくら探しても出てこなかった事は、今や常識だが?


↑   非常識!


★さて、【問題の軍による暴力的な強制連行】ですが、それを示す公文書の存在を、ノンフィックション作家の川田文子さんが紹介していますので引用します。


  国立国会図書館所蔵の極東軍事裁判の関係文書の中に、日本軍人の戦争犯罪を立証する尋問調書が見つかった。

指揮官だった陸軍中尉が(インドネシア)モア島で現地の女性をむりやり「慰安婦」にしたことが供述されている。


問「ある証人はあなたが婦女たちを強姦し、その婦人たちは兵営に連れて行か   れ、日本人たちの用に供せられたと言いましたが、それはほんとうですか」


答「私は兵隊たちのために娼家を一軒設け、私自身もこれを利用しました」

問「婦女たちはその娼家に行くことを快諾しましたか」
答「ある者は快諾し、ある者は快諾しませんでした」

問「幾人女がそこにおりましたか」
答「六人です」

問「その女たちのうち、幾人が娼家に入るように強いられましたか」
答「五人です」

問「どうしてそれらの婦女たちは娼家に入るように強いられたのですか」
答「彼らは憲兵隊を攻撃した者の娘たちでありました」

問「ではその婦女たちは父親のしたことの罰として娼家に入るよう強いられたのですね」
答「左様です」

   住民が憲兵隊を攻撃したという行為に当時の日本軍政に対する強い抵抗の意志を見ることができる。

この尋問調書で興味深いのは兵営を慰安所にしたという陸軍中尉の証言が、ウイダニィンシさんらの証言と重なることだ。


   ウイダニィンシさんは、軍が接収して使用していた、もとはオランダ人の民家に監禁され、性奴隷状態におかれた。彼女を拉致した軍人数人が強姦し、その後、「慰安婦」にしたということまで、モア島で慰安所をつくった陸軍中尉のやりくちと同じだった。


   強制連行を示すもうひとつの公文書、1948年2月14日に下されたバタビア臨時軍法会議判決を『季刊、戦争責任追及』No3所収「オランダ女性慰安婦強制事件に関するバタビア臨時軍法会議判決」でみてみよう。これは、オランダ人抑留所から女性が慰安所へ連行され、性奴隷とされた事件を戦争犯罪として裁いたものである。

   被告は12人であった。

被告1.45歳、1902年広島県生まれ   陸軍大佐
   1945年3月から4月にかけて、スマランの兵站将校の職務にあった被告は戦争犯罪が犯されていると、あるいは戦争犯罪が犯されるであろうと察知していたか、当然、疑ってみるべきだったにもかかわらず、自分の指揮下にあった民間人ならびに軍人が35人程の女性に売春を強制し、強姦するのを黙認した。

   この女性たちは日本軍占領当局によって、スマラン市内のスマラン東、ヘダンガン、ハルマヘラの3カ所の婦人収容所、また、アンバラワ第4、第5という2カ所の婦人収容所から連行され、将校クラブ、スマラン・クラブ、日の丸、二葉荘などのスマラン市内の数軒の慰安所に収容されていた女性たちである。・・


被告3.   38歳、1910年広島県生まれ   陸軍少佐

(a)被告は1944年2月26日頃か、同年同月のある日、スマラン市内カナリラーンにある建物において35人ほどの女性たちを、慰安所として設備された4カ所の建物に輸送することを命じた。・・略・・

   また被告は、兵站将校代理の職務にあって、前記の女性たちのうち、自由意志で売春を行う女性は皆無か、いたとしてもごく少数であり、売春をさせるために実力行使が行われるであろうことを承知しながら、あるいは、当然その疑いを持つべき立場にありながら、女性たちに売春婦として働くことを命じた。
・・」

(川田文子「インドネシアの『慰安婦』」明石書店)
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http://www.han.org/a/half-moon/hm036.html#No.251
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