Wikipediaは当てにならない
投稿者: korea_damedame 投稿日時: 2007/01/18 03:07 投稿番号: [13246 / 29399]
Wikipediaは当てにならない
金科玉条のごとくWikipediaを見なしている方が一部にいるようですが、笑止千万ですよ。
まして事実関係の証拠として挙げるなど、愚の骨頂です。
(理由)
・誰でも自由に改変できる
インターネットに繋ぐことさえできれば、誰でも内容を勝手に改変することが出来ます。勘違いして間違った内容を書く人もいるし、中には悪意を持ってデタラメな内容を書く人もいるでしょう。IPが記録として残りますが、接続する度にIPが変わったりネットカフェから書けば意味がありません。
一応、内容をチェックしている人もいるようですが、目に止まらない、あるいは、正しい内容に修正されるまでの間は、デタラメな内容が表示されるわけです。
・管理者は善良な書き込み者の味方ではない
デタラメを書きまくる人の書き込みを禁止させるとか、書き込みをログイン経験のあるユーザーに限定させるとか、書き込み自体を完全に禁止させる処置をする権限を持った「管理者」がいますが、項目について改変が繰り返されるかどうかを見る程度で、書き込み内容について、内容の妥当性や正確性、デタラメを書く人間のチェックなどは関知しませんし、そういった努力も要求されていません。
ですから、善良な書き込み者と、悪意の書き込み者の間で「編集合戦(短時間での書き換えの繰り返し)」が起きても、両方が悪者だ見なされてしまいます。また、管理者が禁止した書き込みを再開させるには、編集合戦に関わった者同士が「合意を形成」した上で、「保護解除依頼」を出すことが要求され、その過程には管理者は関わって(手助けして)来ません。
ですから、善良な書き込み者が、悪意の書き込み者の妨害を受け、管理者によって「保護(書込み禁止)」を掛けられてしまえば、自ら「合意形成」の努力をして「保護解除依頼」の手続きをしなければなりません。本人は何も悪いことをしていないのに、悪意の書き込み者によって、大変な手間を掛けさせられるという、非常に面倒・理不尽なシステムです。
早い話が「荒らした者勝ち、善良な書き込み者は馬鹿を見るだけ」というシステムとも言えるでしょう。
・内容の真偽よりも検証の可能性が優先され、正しいかどうかの保証はない
Wikipediaの書き込みは、その真偽よりも、出版物などで「内容が検証できるかどうか」が優先されます。つまり個人や少量の出版物による正しい情報より、大量の出版物に載った間違った情報が優先されます。
また、管理者も、書き込まれる内容には詳しくもありません。ですから、偏向メディアや出版社の「誤情報」がダラダラ記載され、個人がこれを修正しようとしても「出版物に情報がある」という理由で拒否されることもあり得ます。
こんな体たらくですから、Wikipediaの信憑性は特に政治的なものは、5割もない、と見た方が無難です。
金科玉条のごとくWikipediaを見なしている方が一部にいるようですが、笑止千万ですよ。
まして事実関係の証拠として挙げるなど、愚の骨頂です。
(理由)
・誰でも自由に改変できる
インターネットに繋ぐことさえできれば、誰でも内容を勝手に改変することが出来ます。勘違いして間違った内容を書く人もいるし、中には悪意を持ってデタラメな内容を書く人もいるでしょう。IPが記録として残りますが、接続する度にIPが変わったりネットカフェから書けば意味がありません。
一応、内容をチェックしている人もいるようですが、目に止まらない、あるいは、正しい内容に修正されるまでの間は、デタラメな内容が表示されるわけです。
・管理者は善良な書き込み者の味方ではない
デタラメを書きまくる人の書き込みを禁止させるとか、書き込みをログイン経験のあるユーザーに限定させるとか、書き込み自体を完全に禁止させる処置をする権限を持った「管理者」がいますが、項目について改変が繰り返されるかどうかを見る程度で、書き込み内容について、内容の妥当性や正確性、デタラメを書く人間のチェックなどは関知しませんし、そういった努力も要求されていません。
ですから、善良な書き込み者と、悪意の書き込み者の間で「編集合戦(短時間での書き換えの繰り返し)」が起きても、両方が悪者だ見なされてしまいます。また、管理者が禁止した書き込みを再開させるには、編集合戦に関わった者同士が「合意を形成」した上で、「保護解除依頼」を出すことが要求され、その過程には管理者は関わって(手助けして)来ません。
ですから、善良な書き込み者が、悪意の書き込み者の妨害を受け、管理者によって「保護(書込み禁止)」を掛けられてしまえば、自ら「合意形成」の努力をして「保護解除依頼」の手続きをしなければなりません。本人は何も悪いことをしていないのに、悪意の書き込み者によって、大変な手間を掛けさせられるという、非常に面倒・理不尽なシステムです。
早い話が「荒らした者勝ち、善良な書き込み者は馬鹿を見るだけ」というシステムとも言えるでしょう。
・内容の真偽よりも検証の可能性が優先され、正しいかどうかの保証はない
Wikipediaの書き込みは、その真偽よりも、出版物などで「内容が検証できるかどうか」が優先されます。つまり個人や少量の出版物による正しい情報より、大量の出版物に載った間違った情報が優先されます。
また、管理者も、書き込まれる内容には詳しくもありません。ですから、偏向メディアや出版社の「誤情報」がダラダラ記載され、個人がこれを修正しようとしても「出版物に情報がある」という理由で拒否されることもあり得ます。
こんな体たらくですから、Wikipediaの信憑性は特に政治的なものは、5割もない、と見た方が無難です。
これは メッセージ 13233 (forever_omegatribe さん)への返信です.