南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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Re: 食材としての食人(近世編)

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/12/16 03:26 投稿番号: [13034 / 29399]
>これだけ根拠を挙げられれば、中国人が食人文化を持ち続けた民族であると信じない訳にはいかないな。


勉強になりました。
もう散々ダメ押ししていますが、ついでなので資料を揃えておきましょう。


#10257と#10258より


  一九七四年には、後に「四人組」と呼ばれることになる毛沢東のもっとも親密な側近たちが、「批林批孔」運動を起こした。林彪と孔子を批判する、という運動である。その実、孔子に名を借りて、実務派の棟梁、周恩来(当時、首相)を標的とする運動であった。「四人組」は、実務派を儒者と同じ保守派と批判したのである。
  『人民日報』や『解放軍報』など、中国の新聞には、いたるところに、「儒教=人食い」の文字が躍っていた。しばしば、そこには呉虞(1874〜1949年)論文が引用されていたように「儒教=人食い」というのは、五.四文化運動の思想的指導者であった呉虞の思想である。しかし、日本の新聞や雑誌では、そのことはほとんど報道されなかった。日本のジャーナリストたちは、食人文化が中国のもっとも基本的な伝統文化であることを知らず「儒教=人食い」の意味を理解できなかったのかもしれない。
  昔の日本の漢学者たちも、中国の食人文化の伝統については伝えようとしなかった。江戸時代に蘭学が入ってくるまで、日本の学者達はみな漢籍で学んだ。   中国の書籍をひもとけば、何百、何千もの食人記録を目にしたはずである。
中国では、清朝末期まで、ということは二十世紀まで、人肉が市場で売られていた。「食人」こそ、中国四千年の歴史を貫く伝統文化である。食人文化こそ、中国の伝統文化を理解するカギなのだ。
  しかし、日本の漢学者たちは、それを無視して、もっぱら「仁義道徳」だけを説いた。彼らは書物に書かれた聖賢の教えと、食人の習俗が両立していることを理解できなかったのかもしれない。それとも、聖賢の教えをメシのタネとした漢学者達は、中国の食人文化には目をつぶるほうが得策、と考えただけかもしれない。
  だが、そのために、日本人は中国の伝統文化を理解できず、中国を「政権の国」と誤解してしまった。中国の書籍で「仁義=道徳」が強調されるのは、現実の中国には、「仁義=道徳」が欠如していたからである。(『呪われた中国人“中国食人史”の重大な意味』6〜8頁)



  食人文化は、中国の伝統の中でも、もっとも歴史が古く、普遍的だったので、他の文化にも大きな影響を及ぼしている。
  人間を人間と思わずに支配する皇帝専制制度、皇帝の後宮に仕えるために、男性を去勢した宦官制度、女性の纏足、科挙制度にしても、皇帝に奉仕する官僚を選抜することだけが目的で、学問の意味はない。
  最初はたんに、人を食物として食べただけかもしれない。しかし、いろいろな文化が発展するなかで、食人文化も発展した。
  刑罰としての食人、復讐の儀式としての食人、忠義の表現としての食人、薬用としての食人、孝行としての食人──
こうして中国の食人文化は、詩詞や文学、さらには天象の観測から民衆の共食いを占う食人天文学にまで結びついていくのである。中国文化の発展にともなって、食人文化も発展したのであって、けっしてその逆ではない。中国文化の最盛期である唐の時代こそ、食人文化の開花期でもあったのである。(『呪われた中国人“中国食人史”の重大な意味』117頁)
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