Re: 一般市民虐殺命令?? 横からゴメンね。
投稿者: asia1867 投稿日時: 2006/12/16 01:49 投稿番号: [13031 / 29399]
南京虐殺の資料という、兵士の従軍日記。
「拾弐月拾五日(12月15日)
午前八時整列して宿営地を変更の為中山路を行く。日本領事館の横を通って外国人の居住地たる国際避難地区の一帯の残敵掃蕩である。先日の風邪で腹工合いが悪くて歩くのに困る。道路では早くも店を張っている、食料品がおもであり、散髪を大道でやっているのやら、立って喰っているの、家屋やら大道には人の鈴なりであり、四拾余名の敗残兵を突殺してしまう。
外国家屋避難民家屋には日の丸の旗をこしらえて戸毎にかかげられている。道路とか広場とか掩蓋壕と立て札を立てられている土嚢を作り銃眼を作りて市街戦に備えていたかが分かる。敗残兵の脱ぎ捨て衣服が至る所に捨てられている。外人の家屋に九人の敗残兵が入っていて避難民九名居住宅と堂々と掲げてあるのも笑止の至りである。警察隊が黒服いかめしく警備している。日本軍布告文を辻々要所に巡警共がはり歩いているのを見る。(略)」
一般市民虐殺と喚いても、
「道路では早くも店を張っている、食料品がおもであり、散髪を大道でやっているのやら、立って喰っているの、家屋やら大道には人の鈴なりであり」
この箇所については、無視している。
「人の鈴なり」とは、どのような状況か。
それとも、彼らをも虐殺したとでも云いたいのか。
>証言者によれば、大抵は機銃掃射のようでしたよ
日本軍の機銃は、十一式軽機関銃、九二式重機関銃。
日本軍の機銃の性能で、証言者の云う機銃掃射。
無理があるようだ。
>上海派遣軍は急遽
集められた
予備役主役の軍隊で正規の軍隊ではない。
予備役は下士官に多かったようだが、それを以て、予備役主役の軍隊と言うか?
兵士は二年兵が主体。
>しかも、宣戦布告も、、警告もなし、、いきなり
攻め込んだんだよ。
これでも事変といって、、戦争じゃない?ってんだから、、おかしな理屈だな(笑)
歴史を学ぼうとしないのか?
蒋介石国民政府が日本に宣戦布告をしたのは、1941年。
自分で、その理由を調べてみたらどうだ。
なぜに、執拗に、戯言を繰り返すのだ?
これは メッセージ 13011 (yominokuni56 さん)への返信です.
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