Re: 誤解と無知の従軍慰安婦問題②
投稿者: fujisankirei2002jp 投稿日時: 2006/07/25 21:54 投稿番号: [12518 / 29399]
■「パンドラの箱」を開けるな
この問題を考えるうえで、敗戦後、日本に進駐してきたアメリカ軍が何をしたかということも大いに参考になるであろう。これについては、当時、東京都の渉外部長であった磯村英一氏の貴重な証言がある。その一部をここに引用したい。
「敗戦の歳のクリスマス、司令部(GHQ)の将校から呼ばれて“ヨシワラ”の状態の報告を命ぜられた。もちろん、その地区は焦土と化していた。
命令は宿舎を造って、占領軍の兵隊のために“女性”を集めろということだった。
命令は英語で“レクレーション・センター”の設置である。
最初は室内運動場の整備だと思ったが、そうではない。旧“ヨシワラ”のそれであった。(中略)
やむを得ず焼け残った“地区”の人々に、文字通り、食料を支給すると約束してバラック建ての“サービス・センター”に来てもらった。
その理由として、日本の“一般の女性の操”を守るためにといって頭を下げた」(産経新聞「正論」欄、平成六年九月十七日)
日本軍は占領地で売春婦を募集しなかった。その代わりに業者を通じて自国の女性を集めて、「軍」慰安婦とした。これに対してアメリカ軍は、占領している日本で「軍」慰安婦を集めようとした。言うまでもないが、当時のアメリカにも職業的売春婦はいたのである。
そうした女性を連れてきて、占領地の日本女性に迷惑をかけまいとする姿勢が
あってもよかったのではないか。ところがアメリカ占領軍は、東京都渉外部長たる磯村氏に、前述の許氏のような「女衒」の役を命じたのである。
いったい、日本とアメリカのどちらのやり方のほうが、“文明的”であるかー「軍」慰安婦問題を言うのであれば、まず、このような事態を見てから発信していただきたいものだ。
なるほど、「かつて日本人はアジアの人たちに悪いことをした」と反省するのは、個人の自由である。誰にも迷惑のかかる話ではない。
しかし、だからと言って、それを国家として補償しようというのは、たとえ善意から出たことであっても、国家常識として言ってはならないのだ。
なぜなら、何十年も前に条約によって示談が済んだことを、さらに補償してしまえば、パンドラの箱を開けたに等しい行為だからである。
過去の補償ということを言い出せば、日本でもキリがなくなる。
たとえば戦前、コリアに残してきた日本人の財産はどれだけになるであろう。
敗戦によって日本領でなくなったために、コリアに在住していた日本人の多くが財産を失った。
日韓国交回復のときにも討議されたが、結局、こらは請求しないことになった。しかし、「軍」慰安婦たちに安易に補償してしまえば、それが前例になる。日本人が韓国政府に対して私有財産の補償を要求するようになっても、誰も文句が言えなくなるのである。
さらに言えば、アメリカに対する戦後補償の問題も出てくる。
戦時中、アメリカ軍の爆撃によって家や財産を失った日本人は何百万人にも上る。そうした人たちが現在のアメリカ政府に謝罪と補償を求めることになれば、それこそ滅茶苦茶なことになりかねない。
戦後補償のことを言う人たちは「善意から払うのだ」とおっしゃるが、それは日本一国に終わらない話なのである。
もし日本が始めてしまえば、国際秩序はどうにもならなくなるのだ。
まさしくパンドラの箱なのである。
平和条約は示談のようなものだと書いた。
示談は、そらぞれが譲歩するから成立するものである。どちらの側も「こらで充分だ」とは思っていないけれども、どこかで決着を付けなければならないから、示談を承諾するのである。
それを後になって「あの示談は誠意が足りなかった」ということでひっくり返されていては、誰も示談をやろうとは思うまい。
それでは社会の秩序は保てないではないか。
戦後補償をやれというのは、そういうことを言っているに等しい。
渡部昇一著「渡部昇一の昭和史」ワック社より
この問題を考えるうえで、敗戦後、日本に進駐してきたアメリカ軍が何をしたかということも大いに参考になるであろう。これについては、当時、東京都の渉外部長であった磯村英一氏の貴重な証言がある。その一部をここに引用したい。
「敗戦の歳のクリスマス、司令部(GHQ)の将校から呼ばれて“ヨシワラ”の状態の報告を命ぜられた。もちろん、その地区は焦土と化していた。
命令は宿舎を造って、占領軍の兵隊のために“女性”を集めろということだった。
命令は英語で“レクレーション・センター”の設置である。
最初は室内運動場の整備だと思ったが、そうではない。旧“ヨシワラ”のそれであった。(中略)
やむを得ず焼け残った“地区”の人々に、文字通り、食料を支給すると約束してバラック建ての“サービス・センター”に来てもらった。
その理由として、日本の“一般の女性の操”を守るためにといって頭を下げた」(産経新聞「正論」欄、平成六年九月十七日)
日本軍は占領地で売春婦を募集しなかった。その代わりに業者を通じて自国の女性を集めて、「軍」慰安婦とした。これに対してアメリカ軍は、占領している日本で「軍」慰安婦を集めようとした。言うまでもないが、当時のアメリカにも職業的売春婦はいたのである。
そうした女性を連れてきて、占領地の日本女性に迷惑をかけまいとする姿勢が
あってもよかったのではないか。ところがアメリカ占領軍は、東京都渉外部長たる磯村氏に、前述の許氏のような「女衒」の役を命じたのである。
いったい、日本とアメリカのどちらのやり方のほうが、“文明的”であるかー「軍」慰安婦問題を言うのであれば、まず、このような事態を見てから発信していただきたいものだ。
なるほど、「かつて日本人はアジアの人たちに悪いことをした」と反省するのは、個人の自由である。誰にも迷惑のかかる話ではない。
しかし、だからと言って、それを国家として補償しようというのは、たとえ善意から出たことであっても、国家常識として言ってはならないのだ。
なぜなら、何十年も前に条約によって示談が済んだことを、さらに補償してしまえば、パンドラの箱を開けたに等しい行為だからである。
過去の補償ということを言い出せば、日本でもキリがなくなる。
たとえば戦前、コリアに残してきた日本人の財産はどれだけになるであろう。
敗戦によって日本領でなくなったために、コリアに在住していた日本人の多くが財産を失った。
日韓国交回復のときにも討議されたが、結局、こらは請求しないことになった。しかし、「軍」慰安婦たちに安易に補償してしまえば、それが前例になる。日本人が韓国政府に対して私有財産の補償を要求するようになっても、誰も文句が言えなくなるのである。
さらに言えば、アメリカに対する戦後補償の問題も出てくる。
戦時中、アメリカ軍の爆撃によって家や財産を失った日本人は何百万人にも上る。そうした人たちが現在のアメリカ政府に謝罪と補償を求めることになれば、それこそ滅茶苦茶なことになりかねない。
戦後補償のことを言う人たちは「善意から払うのだ」とおっしゃるが、それは日本一国に終わらない話なのである。
もし日本が始めてしまえば、国際秩序はどうにもならなくなるのだ。
まさしくパンドラの箱なのである。
平和条約は示談のようなものだと書いた。
示談は、そらぞれが譲歩するから成立するものである。どちらの側も「こらで充分だ」とは思っていないけれども、どこかで決着を付けなければならないから、示談を承諾するのである。
それを後になって「あの示談は誠意が足りなかった」ということでひっくり返されていては、誰も示談をやろうとは思うまい。
それでは社会の秩序は保てないではないか。
戦後補償をやれというのは、そういうことを言っているに等しい。
渡部昇一著「渡部昇一の昭和史」ワック社より
これは メッセージ 12517 (fujisankirei2002jp さん)への返信です.