南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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ベトナムの日本兵(引用文)

投稿者: jyoui 投稿日時: 2003/03/01 11:51 投稿番号: [1251 / 29399]
http://www.bekkoame.ne.jp/ro/gg8928/so/reki770.htm
ベトナムの日本兵
1990年10月、ベトナムのグエン・コ・タク外相が日本を公式訪問したが、
10月23日夜の中山外相主催の公式晩餐会で、タク外相はあいさつの中でこう証言した。

「この席にむかしジャングルで一緒に戦ったグエン・ミン・ゴックさんがいます。
私たちは、総司令部で一緒にいたが、ヴォ・グエン・ザップ将軍はよくゴックさんの
意見を参考にしていました。」

このグエン・ミン・ゴックとはべトミンと共にフランス軍と戦った日本兵の
ベトナム名である。

ベトナムにも日本兵により軍事幹部養成のための軍士官学校が創設された。

1945年、フランスがベトナムに再度侵略してきたが、
べトミンの部隊は組織化されておらず、熟練した指揮官もいない状態であった。
フランス軍に対抗するためには指揮官の養成が急務だった。
べトミンの指導部も指揮官の軍事教育がきわめて重要であると考え、
インドシナ駐屯第三十八軍・第三十四旅団、井川省少佐らに指導を要請した。

クァンガイ陸軍士官学校(クァンガイ陸軍中学校)の教官は日本軍の将校、下士官達がなり、
クァンガイ陸軍士官学校では、
教えたことをすぐ実戦で試して行く猛烈な実戦教育だった。

ここでは 対フランス全国抗戦が始まるまでに約200人の指揮官が育てられたが、
その後卒業生の半数は米国との戦争で死亡した。

井川参謀をはじめ日本兵766人がべトミン司令部に入った。
べトミン司令部にいた日本人幹部の調査によると
戦病死47人、1954年ジュネーブ協定締結後に日本に帰国したのは150人、
約450人はベトナムで消息を絶ったままだという。
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