Re: 児玉義雄証言 その後
投稿者: nmwgip 投稿日時: 2006/03/16 00:31 投稿番号: [11492 / 29399]
> >
論点は虐殺に関する証言が本当だったかどうかだが。
> > 「支那兵の降伏を受け入れるな。処置せよ」という命
> >令で、一体何人殺されたんだ?
> > 児玉証言を虐殺の根拠として持ち出したんだから、そ
> >の結果どの程度の規模の「虐殺」がどの時点でどの局面
> >において行われたのか、正確な数は分からなくても概況
> >くらい分かるよな?
>
> 「ウソ」と「不正確」とは意味が違うことは知っていますか?
つまり、児玉証言に基づく捕虜虐殺の事実を、答えられないんだね(藁
> 命令書は確認できませんが、山田支隊の山田栴二少将は、当時の日記に明記していますよ。
> そして、鈴木明のインタビューに証言していますし、そこでは捕虜殺害の催促までされていたことを証言していますね。
>
> あぁ、そういえば、この山田少将の証言も「南京大虐殺」の証言ですね。
どう明記されているのかな?
もったいぶらずに、ソースを引用して欲しいのだが。
そうでなければこちらとしても反証のしようが無い。
あとから「そんなことは言っていません」と言われると、水掛け論になってしまうので。
特に、誰から命令されたのか、それを明確にしてもらいたい。
> 第16師団の部隊だと聞いていますよ。
これのこと?
後藤忠信(第16師団歩兵第33連隊 第3大隊)
「敗残兵の処理は、連れてきて、捕虜収容所へ入れとるもんな。収容所は下関にありましたでしょ。倉庫……、下関の港の倉庫やでさぁ、大きいですなぁ。自分の分隊でも処理しとったんでしょうな。上官の命令でな。いや、その場では私らねぇ、手ぇかけて殺したっていうこと……。まぁとにかく、男は生かしとくなっていうことはよう聞いてはおりましたけどなぁ。」
他の証言は、敗残兵の掃蕩に関するものだけど。
ところで、下関に捕虜収容所があったのかい?
他では聞かないなぁ。
捕虜を労役させていた倉庫はあったようだが。
もしかして、捕虜を労役させていた作業場を捕虜収容所と言っているのかな?
拘束し、監視していたという意味では、収容所と言っても間違いとは言えないが。
それに「自分の分隊でも処理しとったんでしょうな。」とか「いや、その場では私らねぇ、手ぇかけて殺したっていうこと」とか、他人事みたいな証言が続くんだけど、これは体験談じゃないの?
分隊だよ? 同じ隊にいて、自分の分隊が何をやっているのか分からなかったなんてありえないと思うんだが。
それから「多数の捕虜を殺害した」と貴方は主張しているわけだが、「多数」というのは一体何処から導き出された結論かな?
この収容所には何人くらい収容されていたんだ?
この証言は、一体どんな事実に対応しているのか、説明してもらえないだろうか。
ただ、「日本軍には捕虜収容施設が無かった」なんていう妄言を聞かされずに済んだことだけはよしとしようか。
> > 「支那兵の降伏を受け入れるな。処置せよ」という命
> >令で、一体何人殺されたんだ?
> > 児玉証言を虐殺の根拠として持ち出したんだから、そ
> >の結果どの程度の規模の「虐殺」がどの時点でどの局面
> >において行われたのか、正確な数は分からなくても概況
> >くらい分かるよな?
>
> 「ウソ」と「不正確」とは意味が違うことは知っていますか?
つまり、児玉証言に基づく捕虜虐殺の事実を、答えられないんだね(藁
> 命令書は確認できませんが、山田支隊の山田栴二少将は、当時の日記に明記していますよ。
> そして、鈴木明のインタビューに証言していますし、そこでは捕虜殺害の催促までされていたことを証言していますね。
>
> あぁ、そういえば、この山田少将の証言も「南京大虐殺」の証言ですね。
どう明記されているのかな?
もったいぶらずに、ソースを引用して欲しいのだが。
そうでなければこちらとしても反証のしようが無い。
あとから「そんなことは言っていません」と言われると、水掛け論になってしまうので。
特に、誰から命令されたのか、それを明確にしてもらいたい。
> 第16師団の部隊だと聞いていますよ。
これのこと?
後藤忠信(第16師団歩兵第33連隊 第3大隊)
「敗残兵の処理は、連れてきて、捕虜収容所へ入れとるもんな。収容所は下関にありましたでしょ。倉庫……、下関の港の倉庫やでさぁ、大きいですなぁ。自分の分隊でも処理しとったんでしょうな。上官の命令でな。いや、その場では私らねぇ、手ぇかけて殺したっていうこと……。まぁとにかく、男は生かしとくなっていうことはよう聞いてはおりましたけどなぁ。」
他の証言は、敗残兵の掃蕩に関するものだけど。
ところで、下関に捕虜収容所があったのかい?
他では聞かないなぁ。
捕虜を労役させていた倉庫はあったようだが。
もしかして、捕虜を労役させていた作業場を捕虜収容所と言っているのかな?
拘束し、監視していたという意味では、収容所と言っても間違いとは言えないが。
それに「自分の分隊でも処理しとったんでしょうな。」とか「いや、その場では私らねぇ、手ぇかけて殺したっていうこと」とか、他人事みたいな証言が続くんだけど、これは体験談じゃないの?
分隊だよ? 同じ隊にいて、自分の分隊が何をやっているのか分からなかったなんてありえないと思うんだが。
それから「多数の捕虜を殺害した」と貴方は主張しているわけだが、「多数」というのは一体何処から導き出された結論かな?
この収容所には何人くらい収容されていたんだ?
この証言は、一体どんな事実に対応しているのか、説明してもらえないだろうか。
ただ、「日本軍には捕虜収容施設が無かった」なんていう妄言を聞かされずに済んだことだけはよしとしようか。
これは メッセージ 11446 (Marc_Laforet さん)への返信です.