Re: 全く反論になっていない
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/03/12 21:13 投稿番号: [11398 / 29399]
>ウソをついてもログが残っていますよ(笑)。
>まったく、こんなウソついて恥ずかしくないですか?
君とはマトモな会話が出来そうな気がしない。
>戦時復仇の条件である、事前通告、均衡性の原則、いずれにも違反しています。
支那軍が捕虜として保護した日本兵は1937年7月から1945年8月までの8年余りの間に0人。
一方、日本軍が捕虜として保護した支那兵は南京戦の何日間だけで1万人以上。
「均衡性の原則」の観点からは、不法だったのは明らかに支那軍の方だね。
>一つは戦犯谷寿夫の判決書の付属文に死亡日時、名前、状況が書かれたものです。概算で800名近く載っています。
もしかして、これって1945年以降の作成?
>もう一つは、「国民政府が発表した南京大虐殺被害者および親族の姓名・住所一覧表公文」という資料です。
これも1945年8月以降のものでは?
で、戦後に何万人の名簿を作成したの?
もしかして、百人ぐらいだったりしてね♪((o(^-^)o))わくわく
>>全く反論になっていない。
>>認識されていたのは、与太話が出回っていたこと。
>>中にはその与太話を信じたマヌケが居ただけのこと。
>>日本軍による南京市民虐殺が一件も確認されていなかったのだから、認識があったなどと言えるはずがない。
>あなたがどう思うかは勝手ですが、南京大虐殺が、日本でも認識されていたという事実に変わりはありませんよ(笑)。
説得力なし。
一人で言い張っていてください。
>おそらくご存じないでしょうが、かのティンパーリー編著『戦争とは何か』も戦時中に(おそらく)軍によって翻訳されて極秘に刊行されていたのですよ。
だから何なの?
俺の主張は以下のとおり。
――――――――
認識されていたのは、与太話が出回っていたこと。
中にはその与太話を信じたマヌケが居ただけのこと。
日本軍による南京市民虐殺が一件も確認されていなかったのだから、認識があったなどと言えるはずがない。
これは メッセージ 11386 (Marc_Laforet さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/11398.html