南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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Re: 「否定派の嘘」と「事実」12

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/03/11 23:37 投稿番号: [11365 / 29399]
>南京に潜伏した中国軍の兵士がいたのは確かだが、用心深く潜伏していることが重要であって、攪乱するなどという状況になかったことは明白である。こういうこしを発想すること自体「妄想」のたぐいである。

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(1938年1月4日付)
「元支那軍将校が避難民の中に――大佐一味が白状、南京の犯罪を日本軍のせいに」

ニューヨーク・タイムズ
1月3日上海発
  南京の金陵女子大学に、避難民救助委員会の外国人委員として残留しているアメリカ人教授たちは、逃亡中の大佐一名とその部下の将校六名を匿っていたことを発見し、心底から当惑した。実のところ教授たちは、この大佐を避難民キャンプで二番目に権力ある地位につけていたのである。

  この将校たちは、支那軍が南京から退却する際に軍服を脱ぎ捨て、それから女子大の建物に住んでいて発見された。彼らは大学の建物の中に、ライフル六丁とピストル五丁、砲台からはずした機関銃一丁に、弾薬をも隠していたが、それを日本軍の捜索隊に発見されて、自分たちのものであると自白した。

  この元将校たちは、南京で掠奪したことを、ある晩などは避難民キャンプから少女たちを暗闇に引きずり込んで、その翌日には日本兵が襲ったふうにしたことを、アメリカ人や他の外国人たちのいる前で自白した。

  この将校たちは逮捕された。戒厳令に照らして罰せられ、恐らく処刑されるであろう。

Ω   Ω   Ω

1938年1月25日付   チャイナ・プレス
(一部抜粋)
報告書によれば、支那軍の高級将校らが、職員が退去したあとの外国大使館などに隠れていた。12月28日までに、23人の支那軍将校、54人の下士官、1498人の兵士が、安全区内のさまざまな建物内から日本軍によって発見された。
これまでに発見されているそのような者の中には、南京保安隊長の王(ワン)・シンロンがおり、チェン・ミと名乗って国際安全区の第4分隊を指揮していた。また、前第88師の副師長の馬(マー)・ポーシャン中将や、南京警察の高官ミ・シンシもいた。

馬(マー)中将は、国際安全区内で反日撹乱工作の扇動を活発に行っており、国際安全区ではファン・アン大尉とライフル17丁も隠れていた。王シンロンと3人の元部下は掠奪、脅迫、強姦をしていた。

Ω   Ω   Ω

大阪朝日新聞   1938年2月17日付

皇軍の名を騙り   南京で掠奪暴行   不逞支那人一味捕る

【同盟南京二月十六日発】
皇軍の南京入城以来わが将兵が種々の暴行を行つてゐるとの事実無根の誣説(ぶせつ)が一部外国に伝わつてゐるので在南京憲兵隊ではその出所を究明すべく苦心探査中のところこのほど漸くその根源を突き止めることが出来た。
右は皇軍の名を騙って掠奪暴行至らざるなき悪事を南京の避難地域で働いてゐた憎むべき支那人一味であるが憲兵隊の活躍で一網打尽に逮捕された。
この不逞極まる支那人はかつて京城において洋服仕立を営業、日本語に巧みな呉堯邦(二十八才)以下十一名で皇軍入城後日本人を装ひわが通訳の腕章を偽造してこれをつけ、…、…、…の三ヶ所を根城に皇軍の目を眩ましては南京区内に跳梁し強盗の被害は総額五万元、暴行にいたつては無数で襲はれた無辜の支那人らはいづれも一味を日本人と信じきつてゐたため発覚が遅れたものであるが憲兵隊の山本政雄軍曹、村辺繁一通訳の活躍で検挙を見たものである。
一味は主魁呉堯邦のほか…、…、…、…、・・・・・・の十名でいづれも皇軍の入城まで巡警を務めてゐた。
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