Re: 化学兵器:ソ連が接収し支那に引き渡し
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/10/30 05:39 投稿番号: [10845 / 29399]
>日本軍は、戦場に毒ガスを大量にもっていったんだろ。「英国やソ連」が中国で戦争をやってたか?
満州が戦場になったのは、1945年8月9日のソ連参戦以降だよ。
支那事変の戦場に毒ガスを持ち込んだのは、むしろ英国やソ連の方が多いかもしれない。
>それは「接収」とは言わないだろ?
>「差し出すことはなかった」、そのかわり隠匿したんじゃないのか?
特に隠匿なんてする必要もなかっただろうし、日本軍が停戦命令を受領して武装解除をすれば、当然ソ連軍は日本軍の戦車や大砲や鉄砲などの武器や弾薬や化学兵器を取り上げただろ。
>「武力侵攻」ではなく占領したんじゃないのか?
ソ連軍は武力侵攻して占領したんだよ。
>毒ガスを差し出すつもりなら、いつでもできたが...
>これは、勉強すべき常識ではないのかね?
戦っている間は、そんなことをする訳ないだろ。
勉強する以前の常識だぞ。
>「例証集」は公文書だと思うけど。
違うな。
>いつのことかね?
日本政府が、旧日本軍の致死性毒ガスの使用を認めたのがいつかをそっちが示すべきだろ。
>しかし、致死性でなくても「有毒」なら違反。条約はちゃんと読んだことありますか?
これは条約の文言の問題ではないよ。
当時は国際社会でそのように解釈されていたし、実際に各国の警察が暴動鎮圧にも使用しているんだよ。
>日時や場所は実際のものだが部隊名が秘匿されている。
そうだよ、学校の授業で使った部隊名が書かれていないモノを公文書とは言わないのだよ。
授業でシミュレーションしたんだと思うよ。
>「支那」なんていう国が「連合國」にありましたか?
「なぞなぞ」かあ…、ヒントをくれ。
>「違法毒ガスを何度も何度も繰り返し使用した」ことは一言も書かれてないじゃないか。
「支那派遣軍化学戦教育隊がまとめた「敵軍毒瓦斯(細菌を含む)使用調査」(内藤裕史編・解説「毒ガス戦教育関係資料」所収)によれば、昭和十二年から昭和十五年にかけて、中国軍による毒 ガス戦の事例は十三件、…」
「中国は1926年3月、ソ連から一万発の毒ガス弾を購入し、1937年9月、第二次上海事変で細菌、猛毒兵器を使っている。」
昭和13年7月22日の同盟ニュース
「暴虐支那軍又も不法 イベリット糜爛性毒ガス使用」
我が森本部隊の息をもつかせぬ猛攻撃に敗退一路を辿る支那軍は、張杏鎮において、又もや不法にも、猛烈爆発式撒毒管によるイベリット糜爛性毒ガスを使用、我が急追をはばまんと・・・
>では、「ソ連製、支那製、日本製など混合」した毒ガスを日本軍から「接収」したんですか?
日本軍は、支那軍から大量の毒ガス兵器を押収していたから、そのようなケースもあったかもしれない。
でも、一番考えられることは、まずソ連軍が日本軍から化学兵器を取り上げ、その後、共産支那がソ連製や支那製の化学兵器を追加しながら国共内戦や朝鮮戦争を戦い、その後、不要になったから埋めたのだと思う。
少なくとも1945年8月9日以降に、日本軍が大急ぎで吉林省のハルバ嶺にソ連製・支那製・日本製混合の約70万発に及ぶ化学兵器を埋めたという物語は成立しない。
満州が戦場になったのは、1945年8月9日のソ連参戦以降だよ。
支那事変の戦場に毒ガスを持ち込んだのは、むしろ英国やソ連の方が多いかもしれない。
>それは「接収」とは言わないだろ?
>「差し出すことはなかった」、そのかわり隠匿したんじゃないのか?
特に隠匿なんてする必要もなかっただろうし、日本軍が停戦命令を受領して武装解除をすれば、当然ソ連軍は日本軍の戦車や大砲や鉄砲などの武器や弾薬や化学兵器を取り上げただろ。
>「武力侵攻」ではなく占領したんじゃないのか?
ソ連軍は武力侵攻して占領したんだよ。
>毒ガスを差し出すつもりなら、いつでもできたが...
>これは、勉強すべき常識ではないのかね?
戦っている間は、そんなことをする訳ないだろ。
勉強する以前の常識だぞ。
>「例証集」は公文書だと思うけど。
違うな。
>いつのことかね?
日本政府が、旧日本軍の致死性毒ガスの使用を認めたのがいつかをそっちが示すべきだろ。
>しかし、致死性でなくても「有毒」なら違反。条約はちゃんと読んだことありますか?
これは条約の文言の問題ではないよ。
当時は国際社会でそのように解釈されていたし、実際に各国の警察が暴動鎮圧にも使用しているんだよ。
>日時や場所は実際のものだが部隊名が秘匿されている。
そうだよ、学校の授業で使った部隊名が書かれていないモノを公文書とは言わないのだよ。
授業でシミュレーションしたんだと思うよ。
>「支那」なんていう国が「連合國」にありましたか?
「なぞなぞ」かあ…、ヒントをくれ。
>「違法毒ガスを何度も何度も繰り返し使用した」ことは一言も書かれてないじゃないか。
「支那派遣軍化学戦教育隊がまとめた「敵軍毒瓦斯(細菌を含む)使用調査」(内藤裕史編・解説「毒ガス戦教育関係資料」所収)によれば、昭和十二年から昭和十五年にかけて、中国軍による毒 ガス戦の事例は十三件、…」
「中国は1926年3月、ソ連から一万発の毒ガス弾を購入し、1937年9月、第二次上海事変で細菌、猛毒兵器を使っている。」
昭和13年7月22日の同盟ニュース
「暴虐支那軍又も不法 イベリット糜爛性毒ガス使用」
我が森本部隊の息をもつかせぬ猛攻撃に敗退一路を辿る支那軍は、張杏鎮において、又もや不法にも、猛烈爆発式撒毒管によるイベリット糜爛性毒ガスを使用、我が急追をはばまんと・・・
>では、「ソ連製、支那製、日本製など混合」した毒ガスを日本軍から「接収」したんですか?
日本軍は、支那軍から大量の毒ガス兵器を押収していたから、そのようなケースもあったかもしれない。
でも、一番考えられることは、まずソ連軍が日本軍から化学兵器を取り上げ、その後、共産支那がソ連製や支那製の化学兵器を追加しながら国共内戦や朝鮮戦争を戦い、その後、不要になったから埋めたのだと思う。
少なくとも1945年8月9日以降に、日本軍が大急ぎで吉林省のハルバ嶺にソ連製・支那製・日本製混合の約70万発に及ぶ化学兵器を埋めたという物語は成立しない。
これは メッセージ 10844 (watanabe1937 さん)への返信です.