南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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john_smith555b改めjohm_lenonさんへ

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/10/29 19:55 投稿番号: [10832 / 29399]
>それなら、南京大虐殺も必然的事実になります。

何を馬鹿なことを言っているのですか?
あなたは全然「必然」の意味を理解していないようですね。


>>1945年8月に満州にあった日本軍の戦車や大砲や鉄砲などの武器や弾薬を、ソ連はどうしたのか説明して下さい。

>それは軍事機密なので、誰も知ることはできません。

ソ連が日ソ中立条約を破って日本軍が守る満州に向かって事実上完全無警告の奇襲攻撃を開始したのが1945年8月9日0:00です。
日本軍は邦人引き揚げ終了まで猶予を願ったが、ソ連軍がそんな事を聞き入れる訳がありませんでした。
8月14日(15日)に日本がポツダム宣言を受諾した後も、ソ連は攻撃を止めませんでした。
現地の日本軍が停戦命令を受けたのは場所によってバラツキがあり、早い所では17日頃、遅い所では8月末でした。
その間、満蒙各地の日本軍は邦人引き揚げを最優先に決死の防戦を行なっており、吉林省のハルバ嶺に約70万発に及ぶ化学兵器を埋めている余裕などあったハズがありません。
特にその地区(東部方面)は、ソ連国境に近く、陸路・海路の両方から大量のソ連軍が侵攻しており、日本軍は東部正面最大都市の牡丹江の在留邦人約6万人の後退が完了したこともあって早目の17日頃には停戦命令を受領しました。
一体、いつどこに70万発の化学兵器を埋めていた暇があったのでしょうか?

ポツダム宣言を受諾し、その後何年間も占領軍(アメリカ軍)によって統治されることとなっていた日本(内地)では、その後日本人によって化学兵器の処分が行なわれたのは当然でしょうが、満州で同じようなことは有り得なかったのです。

停戦命令を受領した日本軍将兵は、日本政府がポツダム宣言を受諾していたにも拘わらず、ソ連によって拉致され、シベリアに強制連行され、何年間にも及ぶ強制労働を強いられ、大量に殺されていきました。
戦争が終結しているにも拘わらず、シベリアに強制連行された日本人の数は100万人以上であり、その内50万人以上が殺されたのです。
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