Re: 嘘八百並べるのはいかがなものか
投稿者: jptmd2004 投稿日時: 2005/10/09 16:25 投稿番号: [10372 / 29399]
>jptmd2004さんには、当時の南京の総人口が25万から26万人程度だったことを知らないのだろうか。
<<<
●ラーベの日記
37年12月6日
黄上校との話し合いは忘れることが出来ない。黄は安全区には大反対だ。そんな物を作ったら、軍紀が乱れるというのだ。
「日本に征服された土地は、その土のひとかけらまでわれら中国人の血を吸う定めなのだ。最後の一人が倒れるまで、防衛せねばならん。良いですか、あなた方が安全区を設けさえしなかったら、今そこに逃げ込もうとしている連中を我が兵士たちの役に立てることが出来たのですぞ!」 これほどまでに言語道断な台詞があるだろうか。二の句が告げない!しかもこいつは蒋介石委員長側近の高官と来ている!ここに残った人は、家族を連れて逃げたくても金がなかったのだ。おまえら軍人が犯した過ちを、こういう一番気の毒な人民の命で償わせようと言うのか!なぜ、金持ちを、約八十万人という恵まれた市民を逃がしたんだ?首に縄を付けても残せばよかったじゃないか?どうしていつもいつも、一番貧しい人間だけが命を捧げなければならないんだ? (中略) なんとか考えを変えるよう、黄を説得しようとしたが無駄だった。要するにこいつは中国人なのだ。こいつにとっちゃ、数十万という国民の命なんかどうでもいいんだ。そうか。貧乏人は死ぬ よりほか何も役に立たないというわけか!
『南京の真実』 P85-86
日本軍入城する以前、以上の日記や他の史料からも南京市人口が100万と言われた。
安全区には20万他5万かとの説もある。
【事変前の南京の人口は約100余万で、日本軍が接近するに従って一部が西に避難したものもあった。12月8日蕪湖が陥落し、南京は三方面から包囲されている状態に陥った。揚子江方面では、12月12日の午後、日本艦隊が烏龍江の揚子江封鎖線を突破し、13日には下関の江岸に到達した。こうして十数万の中国守備軍は、ただ数千人があわただしく渡江、撤退し、その残りは全て日本軍に捕らえられ殺害された。数十万の身に寸鉄を帯びない南京市民も、日本侵略者の血塗られた刀の下に倒れていったのである。
】
難民が短時間で徒歩で逃げ切れなく、6週間に亘って、30万人以上が殺された。
>戦闘終結後その人口は3ヶ月から4ヶ月で28万人以上に増加している。
<<<<
殺されなかった人で約3万人ほどなんらかの理由で、再び入城した。
死体の収容時期、場所、収容機関がはっきりとしていた。
疑問があるかと思われるが、
状況、資料、証言などの内容に関した整合性が非常に取れている。
極東裁判は7ヶ月経て、それなりの資料の確認作業を行い、判決を下ろした。
より長く裁判に時間をかけてもよかったが、長いほど資料が多く収集できて、すると、誰が一番身に都合が悪かったかなあ?
「25万人の人口しかないのに、どうやって30万人が殺されたか」って?
極東裁判を馬鹿にしていないか?
<<<
●ラーベの日記
37年12月6日
黄上校との話し合いは忘れることが出来ない。黄は安全区には大反対だ。そんな物を作ったら、軍紀が乱れるというのだ。
「日本に征服された土地は、その土のひとかけらまでわれら中国人の血を吸う定めなのだ。最後の一人が倒れるまで、防衛せねばならん。良いですか、あなた方が安全区を設けさえしなかったら、今そこに逃げ込もうとしている連中を我が兵士たちの役に立てることが出来たのですぞ!」 これほどまでに言語道断な台詞があるだろうか。二の句が告げない!しかもこいつは蒋介石委員長側近の高官と来ている!ここに残った人は、家族を連れて逃げたくても金がなかったのだ。おまえら軍人が犯した過ちを、こういう一番気の毒な人民の命で償わせようと言うのか!なぜ、金持ちを、約八十万人という恵まれた市民を逃がしたんだ?首に縄を付けても残せばよかったじゃないか?どうしていつもいつも、一番貧しい人間だけが命を捧げなければならないんだ? (中略) なんとか考えを変えるよう、黄を説得しようとしたが無駄だった。要するにこいつは中国人なのだ。こいつにとっちゃ、数十万という国民の命なんかどうでもいいんだ。そうか。貧乏人は死ぬ よりほか何も役に立たないというわけか!
『南京の真実』 P85-86
日本軍入城する以前、以上の日記や他の史料からも南京市人口が100万と言われた。
安全区には20万他5万かとの説もある。
【事変前の南京の人口は約100余万で、日本軍が接近するに従って一部が西に避難したものもあった。12月8日蕪湖が陥落し、南京は三方面から包囲されている状態に陥った。揚子江方面では、12月12日の午後、日本艦隊が烏龍江の揚子江封鎖線を突破し、13日には下関の江岸に到達した。こうして十数万の中国守備軍は、ただ数千人があわただしく渡江、撤退し、その残りは全て日本軍に捕らえられ殺害された。数十万の身に寸鉄を帯びない南京市民も、日本侵略者の血塗られた刀の下に倒れていったのである。
】
難民が短時間で徒歩で逃げ切れなく、6週間に亘って、30万人以上が殺された。
>戦闘終結後その人口は3ヶ月から4ヶ月で28万人以上に増加している。
<<<<
殺されなかった人で約3万人ほどなんらかの理由で、再び入城した。
死体の収容時期、場所、収容機関がはっきりとしていた。
疑問があるかと思われるが、
状況、資料、証言などの内容に関した整合性が非常に取れている。
極東裁判は7ヶ月経て、それなりの資料の確認作業を行い、判決を下ろした。
より長く裁判に時間をかけてもよかったが、長いほど資料が多く収集できて、すると、誰が一番身に都合が悪かったかなあ?
「25万人の人口しかないのに、どうやって30万人が殺されたか」って?
極東裁判を馬鹿にしていないか?
これは メッセージ 10366 (bromsejp さん)への返信です.