でりちゃん またしても妄想を
投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/10/08 15:48 投稿番号: [10348 / 29399]
>畝本正己氏が3,000〜6,000人、板倉由明が13,000人と不法処理の被害者数を推定したが、畝本正己氏の推定人数は「不法処理の疑いがあるが、虐殺と断定はできない」軍人の数だから市民虐殺は0人だったと判断している。
畝本氏は捕虜虐殺が少なくとも3000人程度あったことについては認めざるを得なかったのだね。
>畝本正己氏の推定人数は「不法処理の疑いがあるが、虐殺と断定はできない」
残念だが、これは畝本氏自身の見解とは違う。
畝本氏は認めざるを得なかったのだよ。
>市民虐殺は0人だったと判断している。
これも単なるでりちゃんの妄想だ。
畝本氏が「市民虐殺は0人だったと判断」したことはない。
>いずれにせよ、南京戦のことをよく知らない加登川幸太郎は、両名の判断を参考にして、大量(3,000人〜13,000人)の不法処理について「中国人民に深く詫びるしかない」と述べてしまった。
これに対しては会員の中から激しい不満の声が上がった。
加登川氏が「まとめ」を書いた段階で、すでに記事にはこう書かれていたのね。
「われわれは協議の結果、結論的考察は「偕行」編集部がこれを起草することとし、畝本君の同意を得た。
したがって本号で以下に述べるところは「編集部としての考察」である。」
[中略]「畝本君と会同し、その原則的同意のもとに「総括的考察」を文字にするのには慎重な検討を加えた。
防衛庁研修所員の森松俊夫、原剛君らの参集を求め、本問題の研究家板倉由明氏の援助も願い、
高橋登志郎編集担当常任理事、竹下正彦理事、依嘱編集委員加登川幸太郎、おなじく細木重辰らがこれに当たった。
ただ文章上の責任を明らかにするために執筆者名を明記した。
文責は筆者、加登川幸太郎に在る。」
(『偕行』 1985年 3月号 「証言による南京戦史 最終回」)
これでもなお、一部会員からの「謝るべきでなかった」という抗議があった。
これはだね、 あ の 田中正明氏が、たきつけて回ったらしい。
「このように外部では加登川論文は好評だったが、会の内部から強烈な反発が起きた。
とくに松井日記の改ざん事件を契機に遠ざけられた田中が、老将軍や地方偕行会幹部に
『皇軍の名誉を傷つける本を偕行社が出してもよいのか」という趣旨の手紙をばらまき訴えた
作戦がきいて、連載を単行本化する作業は頓挫した。」
(昭和史の謎を負う(上) 文春文庫 秦郁彦)
その結果、編集部には加登川論文に対する「よくやった」という意見だけでなく、否定的な意見も多く寄せられたため、
「偕行」編集担当常務理事であった、高橋登志郎氏と、畝本氏が再登場して、「5月号」では「証言による南京戦史 番外」が掲載された。
ここで、畝本氏はこう述べている。
「米ソがその非人道的行為を謝罪しないことはさておき、われわれが、率直に非は非として詫びることは、なんら卑屈な態度ではあるまい。彼らに勝る道徳感であると思うが、いかがなものであろうか。
私は、まず陛下にお詫び申し上げなければならないと思っている。当時われわれは、天皇の軍隊として戦った。
それが、数千人にも及ぶ不法殺害の疑いをかけられたとあれば、皇軍にあるまじきことである。当時、軍籍にあった者は、深く自省自戒すべきである。
また、蒋介石総統は、終戦にあたり、「仇に報いるに徳をもってす」と、東洋道徳をもって我らを遇した。戦争という異常な事態とはいえ、その非違は、武士道に照らして、率直に中国国民に詫びるべきである。」
また、高橋氏は 編集責任者としてこう書いている。
「『偕行』の総意というのは、各期より出された評議員の中から選出された理事のうち委嘱された編集委員の全員が同意しているので
私は会員の大多数のご意見と見なし、総意と申し上げてよいのではないかと思っている。」
「そして、この戦史が南京戦の真実を伝えたものとして学会に迎えられ、将来20万30万の数字を教科書から駆逐できる一条の光を見出したことは、
極めて大きな意義があったものと確信するものである。」
つまり、
「あったことはあったと認めてこそ、過大な数字に対して反論が出来るのである。」
というのが偕行社の総意とされたということだ。
>残念ながら、今回の黄泉の投稿(コピペだけだが…)は、前回の俺の質問
の回答にはなっていないな。
でりちゃん、質問ばかりせずに、たまにはちゃんと自分で元資料を調べて、
自分の頭で考えてみたら?
畝本氏は捕虜虐殺が少なくとも3000人程度あったことについては認めざるを得なかったのだね。
>畝本正己氏の推定人数は「不法処理の疑いがあるが、虐殺と断定はできない」
残念だが、これは畝本氏自身の見解とは違う。
畝本氏は認めざるを得なかったのだよ。
>市民虐殺は0人だったと判断している。
これも単なるでりちゃんの妄想だ。
畝本氏が「市民虐殺は0人だったと判断」したことはない。
>いずれにせよ、南京戦のことをよく知らない加登川幸太郎は、両名の判断を参考にして、大量(3,000人〜13,000人)の不法処理について「中国人民に深く詫びるしかない」と述べてしまった。
これに対しては会員の中から激しい不満の声が上がった。
加登川氏が「まとめ」を書いた段階で、すでに記事にはこう書かれていたのね。
「われわれは協議の結果、結論的考察は「偕行」編集部がこれを起草することとし、畝本君の同意を得た。
したがって本号で以下に述べるところは「編集部としての考察」である。」
[中略]「畝本君と会同し、その原則的同意のもとに「総括的考察」を文字にするのには慎重な検討を加えた。
防衛庁研修所員の森松俊夫、原剛君らの参集を求め、本問題の研究家板倉由明氏の援助も願い、
高橋登志郎編集担当常任理事、竹下正彦理事、依嘱編集委員加登川幸太郎、おなじく細木重辰らがこれに当たった。
ただ文章上の責任を明らかにするために執筆者名を明記した。
文責は筆者、加登川幸太郎に在る。」
(『偕行』 1985年 3月号 「証言による南京戦史 最終回」)
これでもなお、一部会員からの「謝るべきでなかった」という抗議があった。
これはだね、 あ の 田中正明氏が、たきつけて回ったらしい。
「このように外部では加登川論文は好評だったが、会の内部から強烈な反発が起きた。
とくに松井日記の改ざん事件を契機に遠ざけられた田中が、老将軍や地方偕行会幹部に
『皇軍の名誉を傷つける本を偕行社が出してもよいのか」という趣旨の手紙をばらまき訴えた
作戦がきいて、連載を単行本化する作業は頓挫した。」
(昭和史の謎を負う(上) 文春文庫 秦郁彦)
その結果、編集部には加登川論文に対する「よくやった」という意見だけでなく、否定的な意見も多く寄せられたため、
「偕行」編集担当常務理事であった、高橋登志郎氏と、畝本氏が再登場して、「5月号」では「証言による南京戦史 番外」が掲載された。
ここで、畝本氏はこう述べている。
「米ソがその非人道的行為を謝罪しないことはさておき、われわれが、率直に非は非として詫びることは、なんら卑屈な態度ではあるまい。彼らに勝る道徳感であると思うが、いかがなものであろうか。
私は、まず陛下にお詫び申し上げなければならないと思っている。当時われわれは、天皇の軍隊として戦った。
それが、数千人にも及ぶ不法殺害の疑いをかけられたとあれば、皇軍にあるまじきことである。当時、軍籍にあった者は、深く自省自戒すべきである。
また、蒋介石総統は、終戦にあたり、「仇に報いるに徳をもってす」と、東洋道徳をもって我らを遇した。戦争という異常な事態とはいえ、その非違は、武士道に照らして、率直に中国国民に詫びるべきである。」
また、高橋氏は 編集責任者としてこう書いている。
「『偕行』の総意というのは、各期より出された評議員の中から選出された理事のうち委嘱された編集委員の全員が同意しているので
私は会員の大多数のご意見と見なし、総意と申し上げてよいのではないかと思っている。」
「そして、この戦史が南京戦の真実を伝えたものとして学会に迎えられ、将来20万30万の数字を教科書から駆逐できる一条の光を見出したことは、
極めて大きな意義があったものと確信するものである。」
つまり、
「あったことはあったと認めてこそ、過大な数字に対して反論が出来るのである。」
というのが偕行社の総意とされたということだ。
>残念ながら、今回の黄泉の投稿(コピペだけだが…)は、前回の俺の質問
の回答にはなっていないな。
でりちゃん、質問ばかりせずに、たまにはちゃんと自分で元資料を調べて、
自分の頭で考えてみたら?
これは メッセージ 10344 (deliciousicecoffee さん)への返信です.