Re: 仏印での「侵攻」と「餓死」のガセネタ
投稿者: nmwgip 投稿日時: 2006/06/20 00:44 投稿番号: [9962 / 41162]
> 馬鹿だね、、どこが平和裏だね?
> 殺し合いしてるじゃないか(笑)
関係者の証言によれば、最初に撃ってきたのはフランス軍のようなんだけどね。
「・・・それから約1ヶ月、多分9月14日であったと思うが、わが第11連隊の全員は南郷部落の中央広場に集合を命ぜられ、聯隊長から、「わが五師団は北部仏印(現在の北部ベトナム)に平和進駐を命ぜられ、ただいまから出発する。あの山の向こうは仏印だ。仏印入国に当たっては、日本軍の威厳を示すために新しい階級章つきの開襟シャツを支給するから、それを着よ。ただしこの開襟シャツは国境通過の直前に着替えよ」という命令をうけた。・・・
・・・すでに述べてように、我々が南郷を出発する時に得た師団長命令は「仏印平和進駐」であった。とすれば、当夜12時を期した仏印進駐は、まず小銃中隊が国境を通過し、これにわが聯隊砲中隊が続くべきはずである。ところが聯隊砲中隊は、当夜の12時を期してまず仏印領に入る中国側の城門の入口に集結せよ、と命令されていたので、何事もなければ、我々は仏印領に向かって平和進駐するものと思っていた。
ところが、紛れもなく深夜12時を期して仏印領に入ろうしたところ、国境から約300メートルぐらい離れた仏印軍の城塞から機銃掃射のお見舞いを受けたのである。私の頭上を数発の機銃弾が「ヒュン ヒュン」飛んだが、幸運にも誰にも命中しなかった。我々は「仏印平和進駐」といわれていたのであるが、「仏印侵攻」になってしまったのである。聯隊砲中隊を最前線に置いたのは、平和進駐であるといっても、もしも仏印軍の城塞から抵抗があれば、まず聯隊砲でこれを制圧する必要があるという予測に基づいたものであったようである。・・・」
http://home.att.ne.jp/grape/shindo/yamamot1.htm
> 日本政府も認めたベトナム餓死被害者30万人だぜ、戦時賠償もしてるぜよ(笑)
#6163で説明済みなんだがね。
『・・・この200万人餓死問題について、高山(帝京大学教授・当時産経新聞編集委員)を案内したハノイ人民幹部はあっさり「政治宣伝だった」と認める。そして、「あの当時、ハノイ大洪水と干ばつに交互に見舞われ、多くの餓死者がでた。それを時期的に合うので日本軍と結び付けた。ただ、南の穀倉地帯との鉄道が連合国軍の爆撃で途絶えがちだったことも確かで、だから日本にも五十万、いや五万ぐらいの責任はあったはずだ。」というのである。・・・』
(田辺敏雄著『検証 旧日本軍の「悪行」』 自由社 P326)
言うまでもないが、5万人の責任も日本軍にはない。
ライフラインを爆撃したのは連合国軍だからね。
君たち反日活動家には残念なことだが、真実はこんなものだよ。
> 殺し合いしてるじゃないか(笑)
関係者の証言によれば、最初に撃ってきたのはフランス軍のようなんだけどね。
「・・・それから約1ヶ月、多分9月14日であったと思うが、わが第11連隊の全員は南郷部落の中央広場に集合を命ぜられ、聯隊長から、「わが五師団は北部仏印(現在の北部ベトナム)に平和進駐を命ぜられ、ただいまから出発する。あの山の向こうは仏印だ。仏印入国に当たっては、日本軍の威厳を示すために新しい階級章つきの開襟シャツを支給するから、それを着よ。ただしこの開襟シャツは国境通過の直前に着替えよ」という命令をうけた。・・・
・・・すでに述べてように、我々が南郷を出発する時に得た師団長命令は「仏印平和進駐」であった。とすれば、当夜12時を期した仏印進駐は、まず小銃中隊が国境を通過し、これにわが聯隊砲中隊が続くべきはずである。ところが聯隊砲中隊は、当夜の12時を期してまず仏印領に入る中国側の城門の入口に集結せよ、と命令されていたので、何事もなければ、我々は仏印領に向かって平和進駐するものと思っていた。
ところが、紛れもなく深夜12時を期して仏印領に入ろうしたところ、国境から約300メートルぐらい離れた仏印軍の城塞から機銃掃射のお見舞いを受けたのである。私の頭上を数発の機銃弾が「ヒュン ヒュン」飛んだが、幸運にも誰にも命中しなかった。我々は「仏印平和進駐」といわれていたのであるが、「仏印侵攻」になってしまったのである。聯隊砲中隊を最前線に置いたのは、平和進駐であるといっても、もしも仏印軍の城塞から抵抗があれば、まず聯隊砲でこれを制圧する必要があるという予測に基づいたものであったようである。・・・」
http://home.att.ne.jp/grape/shindo/yamamot1.htm
> 日本政府も認めたベトナム餓死被害者30万人だぜ、戦時賠償もしてるぜよ(笑)
#6163で説明済みなんだがね。
『・・・この200万人餓死問題について、高山(帝京大学教授・当時産経新聞編集委員)を案内したハノイ人民幹部はあっさり「政治宣伝だった」と認める。そして、「あの当時、ハノイ大洪水と干ばつに交互に見舞われ、多くの餓死者がでた。それを時期的に合うので日本軍と結び付けた。ただ、南の穀倉地帯との鉄道が連合国軍の爆撃で途絶えがちだったことも確かで、だから日本にも五十万、いや五万ぐらいの責任はあったはずだ。」というのである。・・・』
(田辺敏雄著『検証 旧日本軍の「悪行」』 自由社 P326)
言うまでもないが、5万人の責任も日本軍にはない。
ライフラインを爆撃したのは連合国軍だからね。
君たち反日活動家には残念なことだが、真実はこんなものだよ。
これは メッセージ 9956 (yominokuni56 さん)への返信です.