Re: 横レス:丁集参一第一四五号
投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/12/22 23:39 投稿番号: [7974 / 41162]
僭越ながら、F1789_99さんに代わって私がこの命令書の解釈をしてみましょう。
1937年(昭和12年)12月20日に第十軍の参謀長から出された命令書ですね。
この日付は重要です。
この史料は南京で大量の強姦事件が発生したことを証明するものではないでしょう。
寧ろ、東京裁判訴因第55で言われているように、日本軍上層部が軍紀の維持を放棄していた、あるいは消極的だったという事実は無く、軍紀は重大な関心事だったという証明に見えます。
また、婦女暴行事件百件で極めて憂慮すべき事態であると12/20時点で日本軍上層部は認識していたことを示していますから、数千件単位の強姦事件を放置することなどありえないという証明にもなります。
こういう命令書が残っているということは、日本軍が組織的に日本兵の非行を揉み消そうとした事実は無いということの間接的な証明でもあります。
この百件以上という数字の妥当性ですが、過大と言われる国際委員会の纏めた12/13〜2/9の被害状況合計に挙げられている強姦件数361件と比較してもかなり多いように思われます。
国際委員会が寧ろ過少な数字を挙げている可能性も皆無ではありませんが、この命令書で言及されている「本次南京攻略ノ實績」と国際委員会の集計値の双方が正しいとすれば、強姦事件の4分の1〜3分の1が最初の1週間に集中したということであり、軍紀の引き締めと南京の治安回復は急速に達成されたということになります。
あるいは、「本次南京攻略ノ實績」は南京へ向けて進軍中に発生した件数も含めての数字であり、南京攻略後の短期間で集中的に発生したものではなく、1日当り多くても3件とか5件とか、せいぜいその程度のものであったという可能性もあります。
また、ベイツが強姦件数の下限としてみている8千件が6週間に起こったとすると、1日当たり190件。この命令書は緊急訓示の性質を持っていますから、「本次南京攻略ノ實績」に関する情報を入手してから命令書の発行まで何日も掛けているとは思われません。
仮に、攻略戦後5日間の実績を元に書かれたとしても、ベイツの推測が正しいとすれば、百件以上ではなく千件前後となるはずです。
ラーベに至っては後日2万件の強姦を主張していますから1日に平均すると476件、5日間で2千件超。百件以上とはかけ離れています。
冷静に分析すれば、少なくとも「南京大虐殺」の一環として語られる大量の婦女暴行を証明する史料とは言えません。
なお、日本兵による強姦事件百件以上という数字が荒唐無稽な過大計上と言うつもりはありません。
進軍中の件数を含むのであれば特に。
その程度の犯罪はあっても不思議では無いでしょう。
但し、中国側の主張するような、残虐な強姦事件があったかと言うと、話は全く別です。
日本兵による強姦事件について、次のような証言もあります。
「自分は南京に着くまでの間(一九三七年十一月五日から十二月十四日まで)に約二十件くらいの軍紀及び風紀犯を処罰した。風紀犯の処罰について困難を感じたことは和姦なりや強姦なりや不分明なることであった。
その理由は中国婦人のある者は日本兵に対して自ら進んで挑発的態度をとることが珍しくなく、和合した結果を夫または他人に発見せらるると婦人の態度は一変して大袈裟に強姦を主張したからである。
しかし自分は強姦と和姦とを問わず起訴せられたものはそれぞれ事実の軽重により法に照らして処罰した」
(第十軍法務部長 小川関次郎による東京裁判宣誓口供書
「速記録第三一〇号」『南京大残虐事件資料集 第一巻』)
件数と残虐性は区別して考えなければなりません。
ところで、この第十軍というのは本当に南京攻略戦に参加したあの第十軍なんでしょうか?
この命令書は「本次南京攻略ノ實績」を全く他人事のように書いていますが。
当事者でなかったとすれば、これまた話は全く変わってきますね。
1937年(昭和12年)12月20日に第十軍の参謀長から出された命令書ですね。
この日付は重要です。
この史料は南京で大量の強姦事件が発生したことを証明するものではないでしょう。
寧ろ、東京裁判訴因第55で言われているように、日本軍上層部が軍紀の維持を放棄していた、あるいは消極的だったという事実は無く、軍紀は重大な関心事だったという証明に見えます。
また、婦女暴行事件百件で極めて憂慮すべき事態であると12/20時点で日本軍上層部は認識していたことを示していますから、数千件単位の強姦事件を放置することなどありえないという証明にもなります。
こういう命令書が残っているということは、日本軍が組織的に日本兵の非行を揉み消そうとした事実は無いということの間接的な証明でもあります。
この百件以上という数字の妥当性ですが、過大と言われる国際委員会の纏めた12/13〜2/9の被害状況合計に挙げられている強姦件数361件と比較してもかなり多いように思われます。
国際委員会が寧ろ過少な数字を挙げている可能性も皆無ではありませんが、この命令書で言及されている「本次南京攻略ノ實績」と国際委員会の集計値の双方が正しいとすれば、強姦事件の4分の1〜3分の1が最初の1週間に集中したということであり、軍紀の引き締めと南京の治安回復は急速に達成されたということになります。
あるいは、「本次南京攻略ノ實績」は南京へ向けて進軍中に発生した件数も含めての数字であり、南京攻略後の短期間で集中的に発生したものではなく、1日当り多くても3件とか5件とか、せいぜいその程度のものであったという可能性もあります。
また、ベイツが強姦件数の下限としてみている8千件が6週間に起こったとすると、1日当たり190件。この命令書は緊急訓示の性質を持っていますから、「本次南京攻略ノ實績」に関する情報を入手してから命令書の発行まで何日も掛けているとは思われません。
仮に、攻略戦後5日間の実績を元に書かれたとしても、ベイツの推測が正しいとすれば、百件以上ではなく千件前後となるはずです。
ラーベに至っては後日2万件の強姦を主張していますから1日に平均すると476件、5日間で2千件超。百件以上とはかけ離れています。
冷静に分析すれば、少なくとも「南京大虐殺」の一環として語られる大量の婦女暴行を証明する史料とは言えません。
なお、日本兵による強姦事件百件以上という数字が荒唐無稽な過大計上と言うつもりはありません。
進軍中の件数を含むのであれば特に。
その程度の犯罪はあっても不思議では無いでしょう。
但し、中国側の主張するような、残虐な強姦事件があったかと言うと、話は全く別です。
日本兵による強姦事件について、次のような証言もあります。
「自分は南京に着くまでの間(一九三七年十一月五日から十二月十四日まで)に約二十件くらいの軍紀及び風紀犯を処罰した。風紀犯の処罰について困難を感じたことは和姦なりや強姦なりや不分明なることであった。
その理由は中国婦人のある者は日本兵に対して自ら進んで挑発的態度をとることが珍しくなく、和合した結果を夫または他人に発見せらるると婦人の態度は一変して大袈裟に強姦を主張したからである。
しかし自分は強姦と和姦とを問わず起訴せられたものはそれぞれ事実の軽重により法に照らして処罰した」
(第十軍法務部長 小川関次郎による東京裁判宣誓口供書
「速記録第三一〇号」『南京大残虐事件資料集 第一巻』)
件数と残虐性は区別して考えなければなりません。
ところで、この第十軍というのは本当に南京攻略戦に参加したあの第十軍なんでしょうか?
この命令書は「本次南京攻略ノ實績」を全く他人事のように書いていますが。
当事者でなかったとすれば、これまた話は全く変わってきますね。
これは メッセージ 7963 (hetarero さん)への返信です.