【訂正】 Re: 非公開資料に証拠価値無し
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/11/17 20:23 投稿番号: [7668 / 41162]
前回の#7667は、少し誤解を招く投稿だったので訂正しておきます。
洞富雄の①『南京大残虐事件資料集 第1巻』(青木書店)と、②『日中戦争史資料8 南京事件Ⅰ』(河出書房新社版)には、ベイツの1月14日付アメリカ大使館・アリソン宛書簡に関しては以下の記述しかなかった。
「一月十四日,『ベーツ』博士ヨリ更ニ一通ノ書面来タレリ。右ニ依レバ、其ノ前夜、四人ノ日本陸軍憲兵、南京大学ニ侵入シ、一支那人少女ヲ拉シ去リタルコトヲ報告シ居レリ。此ノ手紙ノ写ハ、『アリソン(John Allison)』氏ヨリ一月十四日附日本大使館福井(福井淳)氏宛非公式書面ニテ、日本大使館ニ送附シアリ。『アリソン』氏及『ベーツ』博士ノ手紙ノ写モ此ノ報告ニ同封シアリ。」
その書簡は、③『南京事件資料集(1)アメリカ関係資料編』南京事件調査研究会(青木書店)に全て翻訳したものが記載されていた。
ところが、『再審「南京大虐殺」』竹本忠雄・大原康男(明成社)は、出典を③ではなく、①と記載(誤植)してしまった。
以上が#6639→#6645→#6657→#6659・6661→#6672辺りで明らかになった真相の一部始終です。
ですから、この部分に関しては、洞富雄が悪意を持って誤訳した、とまでは言い切れないかもしれません。
しかし、【洞富雄がベイツの矛盾だらけの不可思議な書簡の全文掲載を避けた】ということは十分に有り得ることです。
洞富雄の改竄は、#6657で紹介した以下のHPの中で指摘されていました。
14.歩兵第六十六聯隊第一大隊『戦闘詳報』
洞富雄による姑息な改竄
http://f25.aaa.livedoor.jp/~zflag/mirrors/kaizan/
再増補16.3.8
『朝日ジャ−ナル』1984.9.28 p10 虐殺否定論を圧倒する旧日本兵の記録 洞 富雄 より
児島襄氏の『日中戦争』で紹介されている、ある大隊の『戦闘詳報』中の記述は、反対論者の主張にとどめをさす決定的資料である。氏は部隊の所属関係と月日を秘しているがこの部隊名を欠く『戦闘詳報』には、
午後二時零分、聯隊長ヨリ左ノ命令ヲ受ク。
左記
イ、旅団命令ニヨリ捕虜ハ全部殺スベシ。
其ノ方法ハ十数名ヲ捕虜(捕虜に原文ルビ 「ママ」あり)シ、逐次銃殺スベシ(一九三ページ)。
とあるのである。ここでは、連隊命令は旅団命令によるものだと言っているが、この旅団命令は師団命令に、師団命令は軍命令に、それぞれもとづくものであることはいうまでもなかろう。ただし、この命令が方面軍にまでたどりうるか否かは問題である。
HP作者のコメント
おや?と思ったのではないでしょうか。「捕虜」にわざわざ「ママ」のルビを振りながら、「銃殺スベシ」とはなんたる改竄なのでしょう。Mr.Netsuzou 洞としても本当の原文「シテハ如何」では命令としてはおかしい、これでは命令にならないゾと気付いたのでしょう。そこで姑息な彼らしい改竄です。
この「虐殺否定論を圧倒する旧日本兵の記録」という雑文(論文というのはおこがましい。)には、この前後にも20聯隊4中隊の日記、朝日新聞で紹介された都城聯隊の信憑性真っ黒の日記などのオンパレードなのです。
次に、児島氏と南京戦史資料集 Ⅰ 偕行社の原文を念のため見てみましょう。
児島襄『日中戦争 4』 文集文庫 p225、 『日中戦争 VoL3/1937-1945』 p193も同一内容
「午後二時零分、聯隊長ヨリ左ノ命令ヲ受ク。
左記
イ、旅団命令ニヨリ捕虜ハ全部殺スベシ。
其ノ方法ハ十数名ヲ捕虜シ、逐次銃殺シテハ如何。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
南京戦史資料集 Ⅰ 偕行社 p567より
八,午後二時零分聯隊長ヨリ左ノ命令ヲ受ク
左記
イ、旅団命令ニヨリ捕虜ハ全部殺スヘシ
其ノ方法ハ十数名ヲ捕縛シ、逐次銃殺シテハ如何
HP作者のコメント
句点と濁音及び捕虜→捕縛の違いが有ります。
そもそも、歩兵第六十六聯隊第一大隊『戦闘詳報』は非常に疑わしい資料なのです。
最近でも、支那に媚びを売っている一派は
「反対論者の主張にとどめをさす決定的資料である。」
かのように使っていますが、以下の板倉氏の論文にて論じられているように その信憑性は大きなクエスチョンマークが既に付けられてしまっている物なのです。
こんな物を論拠としていまさら使うのは無知蒙昧であるのです。
(以下略)
洞富雄の①『南京大残虐事件資料集 第1巻』(青木書店)と、②『日中戦争史資料8 南京事件Ⅰ』(河出書房新社版)には、ベイツの1月14日付アメリカ大使館・アリソン宛書簡に関しては以下の記述しかなかった。
「一月十四日,『ベーツ』博士ヨリ更ニ一通ノ書面来タレリ。右ニ依レバ、其ノ前夜、四人ノ日本陸軍憲兵、南京大学ニ侵入シ、一支那人少女ヲ拉シ去リタルコトヲ報告シ居レリ。此ノ手紙ノ写ハ、『アリソン(John Allison)』氏ヨリ一月十四日附日本大使館福井(福井淳)氏宛非公式書面ニテ、日本大使館ニ送附シアリ。『アリソン』氏及『ベーツ』博士ノ手紙ノ写モ此ノ報告ニ同封シアリ。」
その書簡は、③『南京事件資料集(1)アメリカ関係資料編』南京事件調査研究会(青木書店)に全て翻訳したものが記載されていた。
ところが、『再審「南京大虐殺」』竹本忠雄・大原康男(明成社)は、出典を③ではなく、①と記載(誤植)してしまった。
以上が#6639→#6645→#6657→#6659・6661→#6672辺りで明らかになった真相の一部始終です。
ですから、この部分に関しては、洞富雄が悪意を持って誤訳した、とまでは言い切れないかもしれません。
しかし、【洞富雄がベイツの矛盾だらけの不可思議な書簡の全文掲載を避けた】ということは十分に有り得ることです。
洞富雄の改竄は、#6657で紹介した以下のHPの中で指摘されていました。
14.歩兵第六十六聯隊第一大隊『戦闘詳報』
洞富雄による姑息な改竄
http://f25.aaa.livedoor.jp/~zflag/mirrors/kaizan/
再増補16.3.8
『朝日ジャ−ナル』1984.9.28 p10 虐殺否定論を圧倒する旧日本兵の記録 洞 富雄 より
児島襄氏の『日中戦争』で紹介されている、ある大隊の『戦闘詳報』中の記述は、反対論者の主張にとどめをさす決定的資料である。氏は部隊の所属関係と月日を秘しているがこの部隊名を欠く『戦闘詳報』には、
午後二時零分、聯隊長ヨリ左ノ命令ヲ受ク。
左記
イ、旅団命令ニヨリ捕虜ハ全部殺スベシ。
其ノ方法ハ十数名ヲ捕虜(捕虜に原文ルビ 「ママ」あり)シ、逐次銃殺スベシ(一九三ページ)。
とあるのである。ここでは、連隊命令は旅団命令によるものだと言っているが、この旅団命令は師団命令に、師団命令は軍命令に、それぞれもとづくものであることはいうまでもなかろう。ただし、この命令が方面軍にまでたどりうるか否かは問題である。
HP作者のコメント
おや?と思ったのではないでしょうか。「捕虜」にわざわざ「ママ」のルビを振りながら、「銃殺スベシ」とはなんたる改竄なのでしょう。Mr.Netsuzou 洞としても本当の原文「シテハ如何」では命令としてはおかしい、これでは命令にならないゾと気付いたのでしょう。そこで姑息な彼らしい改竄です。
この「虐殺否定論を圧倒する旧日本兵の記録」という雑文(論文というのはおこがましい。)には、この前後にも20聯隊4中隊の日記、朝日新聞で紹介された都城聯隊の信憑性真っ黒の日記などのオンパレードなのです。
次に、児島氏と南京戦史資料集 Ⅰ 偕行社の原文を念のため見てみましょう。
児島襄『日中戦争 4』 文集文庫 p225、 『日中戦争 VoL3/1937-1945』 p193も同一内容
「午後二時零分、聯隊長ヨリ左ノ命令ヲ受ク。
左記
イ、旅団命令ニヨリ捕虜ハ全部殺スベシ。
其ノ方法ハ十数名ヲ捕虜シ、逐次銃殺シテハ如何。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
南京戦史資料集 Ⅰ 偕行社 p567より
八,午後二時零分聯隊長ヨリ左ノ命令ヲ受ク
左記
イ、旅団命令ニヨリ捕虜ハ全部殺スヘシ
其ノ方法ハ十数名ヲ捕縛シ、逐次銃殺シテハ如何
HP作者のコメント
句点と濁音及び捕虜→捕縛の違いが有ります。
そもそも、歩兵第六十六聯隊第一大隊『戦闘詳報』は非常に疑わしい資料なのです。
最近でも、支那に媚びを売っている一派は
「反対論者の主張にとどめをさす決定的資料である。」
かのように使っていますが、以下の板倉氏の論文にて論じられているように その信憑性は大きなクエスチョンマークが既に付けられてしまっている物なのです。
こんな物を論拠としていまさら使うのは無知蒙昧であるのです。
(以下略)
これは メッセージ 7667 (deliciousicecoffee さん)への返信です.