東洋人特有の詭弁ですね
投稿者: YellowFlute 投稿日時: 2002/08/19 15:26 投稿番号: [750 / 41162]
>謝罪は、罪を犯した当人がするもの。それ以外の者が謝罪するのは偽善であり、欺瞞であり、演技である。当人でない者が、深深と頭を下げれば下げるほど演技度、偽善度、欺瞞度が上がるだけだ。
これは、当然のことですが、それを行ったのは国といった組織ですからね。
>罪を犯した人の後裔には、謝罪の責任があると主張する者は、一つの被差別民族(生まれながらに、謝罪責任を持った民族)を画定しようと企む者で、人類平等の理想に真っ向から挑戦する者である。
この様な発想自体、国と個人とを切り離せていない証拠ですよ。
>共産主義国や、専制統治の国は知らず、そうでない国の刑事訴訟法には、被告の家族、親族は被告に不利な証言をなすことを拒絶してよいという条項がある。たとえ犯罪事実の証拠を知っていても、被告の家族、親族は黙秘してよいのだ。それは、人間性ということを考慮して制定された条項である。
東洋では、単なる国を指して国家(国は一つの家族である)と呼びますが、
それ自体がナンセンスですね。
それから、組織犯罪では司法取引が認められていますが、
これは個人と組織は別物だとの個人主義の思想が根底にあるからです。
それを、個人と国家を家族関係と定義すること自体、共産主義的・全体国家的発想です。
>被告の家族や親族が法廷で「いいえ、弁護士の弁論は間違っています、被告はこんな悪事もしました、あんな悪事もしました、その証拠はこれこれです」と喋りたてて、被告の罪を拡大しようとしている情景を想像してみよ。この家族、親族の行為はカッコよく見えるか? 否、カッコなんかどこにもない。見苦しいだけだ。
格好の良い悪いの問題ではなく、事実関係を明らかにする為には必要なだけです。
宣誓したのに、わざわざ、嘘を吐いてまで偽証する必要はありませんね。
>刑事被告の家族、親族として、取るべき態度は、検事の論告が真実で正確であると認めたときは、沈黙していることだ。もし検事の論告に不実、不当、不合理、不正確の點を認めた場合は、厳しく指摘し、断固として抗議することだ。これが人間性のある行為であり、しかもカッコがいいのだ。
これも、個人と国家を一体と見なした上での発想ですね。
>現代に生きる日本人に戦争責任はなく、戦時における日本軍人の行為に責任を負う義務もない。戦時における日本軍人の行為を非難する言説を聞いたとき、もしその非難が正当だと思ったら、諸君は沈黙せよ。非難する側に回って、祖先を悪し様に罵って、得意満面というのは、人間性の喪失であって、世界の嘲笑を買うだけだ。もし非難の言説に不当、錯誤、捏造を発見した場合は、断固と抗議し、智慧を尽くして論駁せよ。これがカッコのよい態度なのだ。
一部正論なんですが、今頃になり裁判やってる訳ではありませんから、
歴史を知る上で明らかにしていく方が、同じ轍を踏まないためにも賢明というものです。
歴史の事実を教えないというのは、個人の知る権利を不当に奪う事ですからね。
これは、当然のことですが、それを行ったのは国といった組織ですからね。
>罪を犯した人の後裔には、謝罪の責任があると主張する者は、一つの被差別民族(生まれながらに、謝罪責任を持った民族)を画定しようと企む者で、人類平等の理想に真っ向から挑戦する者である。
この様な発想自体、国と個人とを切り離せていない証拠ですよ。
>共産主義国や、専制統治の国は知らず、そうでない国の刑事訴訟法には、被告の家族、親族は被告に不利な証言をなすことを拒絶してよいという条項がある。たとえ犯罪事実の証拠を知っていても、被告の家族、親族は黙秘してよいのだ。それは、人間性ということを考慮して制定された条項である。
東洋では、単なる国を指して国家(国は一つの家族である)と呼びますが、
それ自体がナンセンスですね。
それから、組織犯罪では司法取引が認められていますが、
これは個人と組織は別物だとの個人主義の思想が根底にあるからです。
それを、個人と国家を家族関係と定義すること自体、共産主義的・全体国家的発想です。
>被告の家族や親族が法廷で「いいえ、弁護士の弁論は間違っています、被告はこんな悪事もしました、あんな悪事もしました、その証拠はこれこれです」と喋りたてて、被告の罪を拡大しようとしている情景を想像してみよ。この家族、親族の行為はカッコよく見えるか? 否、カッコなんかどこにもない。見苦しいだけだ。
格好の良い悪いの問題ではなく、事実関係を明らかにする為には必要なだけです。
宣誓したのに、わざわざ、嘘を吐いてまで偽証する必要はありませんね。
>刑事被告の家族、親族として、取るべき態度は、検事の論告が真実で正確であると認めたときは、沈黙していることだ。もし検事の論告に不実、不当、不合理、不正確の點を認めた場合は、厳しく指摘し、断固として抗議することだ。これが人間性のある行為であり、しかもカッコがいいのだ。
これも、個人と国家を一体と見なした上での発想ですね。
>現代に生きる日本人に戦争責任はなく、戦時における日本軍人の行為に責任を負う義務もない。戦時における日本軍人の行為を非難する言説を聞いたとき、もしその非難が正当だと思ったら、諸君は沈黙せよ。非難する側に回って、祖先を悪し様に罵って、得意満面というのは、人間性の喪失であって、世界の嘲笑を買うだけだ。もし非難の言説に不当、錯誤、捏造を発見した場合は、断固と抗議し、智慧を尽くして論駁せよ。これがカッコのよい態度なのだ。
一部正論なんですが、今頃になり裁判やってる訳ではありませんから、
歴史を知る上で明らかにしていく方が、同じ轍を踏まないためにも賢明というものです。
歴史の事実を教えないというのは、個人の知る権利を不当に奪う事ですからね。
これは メッセージ 747 (unhoo さん)への返信です.