マトモな証拠の説明、スマイス却下の説明
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/08/28 20:17 投稿番号: [7246 / 41162]
>だから繰り返してガセネタを書き込むことが出来るのだね。
相手の投稿を確たる根拠もなくガセネタだと罵倒する事に何の意味があるのかね?
今やキミこそが、ガセネタの総合商社のようになっている。
キミのガセネタはちゃんとメモしてあるから心配するな。
>>日本軍による無辜の民間人虐殺のマトモな証拠が何一つないことで立派に証明している。
>でりちゃんの言う「マトモな証拠」というものの条件を挙げられるかね?
通州事件や原爆投下などの例を挙げて説明したよ。
①自白
・無辜の民間人を虐殺したと自白した日本兵は存在しない。
・民間人の殺害を命令したと自白した日本軍将校は存在しない(命令書もなし)。
・戦後何十年も経ってから公表された「東日記」は東史郎の捏造日記と判明し、「宇和田日記」は朝日新聞の捏造日記だと判明した。
②目撃証言
・安全区国際委員会の15人の欧米人メンバーが目撃した虐殺は0件。
・百人以上の記者やカメラマンや作家が、陥落直後から南京を訪れて滞在したが、彼らの見聞記や証言によると虐殺はなかった。
・日本軍の南京占領後しばらく経って汪兆銘を首班とする南京国民政府が樹立され、その後終戦まで南京に1万数千の日本人が支那人と一緒に暮らしていたそうだが、虐殺など話題に出ず、復讐騒ぎなどなかった。
1945年11月7日、東京裁判に備え、支那(蒋介石)政府は「南京敵人罪行調査委員会」を設置し、支那人に南京における日本軍の犯罪を申告するよう呼びかけた。
ところが、日本軍の残虐行為を申告する者が「甚だ少なき」ばかりか、聞き取り調査を行うと唖然として「口を噤みて語らざる者」や虐殺を「否認する者」までいたという。
やむなく暫定的な報告を1946年1月20日、東京裁判に提出したが、「日本軍による大量虐殺」の証拠は埋葬記録を除けば、魯甦という人物の「57,418人が惨殺されるのを見た」という目撃証言ただ一件のみだった。
( ´∀`)アハハ
③物的証拠
・虐殺の証拠に使用される写真や映像は、全てが捏造や証拠能力を有しない写真や映像である。
・虐殺のための施設もなかった。
・安全区国際委員会の日本大使館への抗議文書にある殺害事案は、犯人が誰かは全て不明、被害者も殆どが不明、伝聞だけできちんとした検証はいない事案が数十件のみ。
・殺害犠牲者の名簿は、安全区国際委員会も、南京市民も、日本も、蒋介石政府も、汪兆銘政府も、誰も作成しなかった。
・日本軍の命令書もない。
・当時は、蒋介石にも、毛沢東にも、南京戦を戦った何応欽にも、南京虐殺事件の認識がなかったため、彼らの報告や抗議や非難にも南京虐殺に触れたものはなく、通州事件の後に日本外務省が発した公式声明など全くなし。
>以下、再録になるが、一つづつきちんと結論を出していこうじゃあないの
>再録する。
>2005/ 1/ 3 16:41
>メッセージ: 6958 / 7526
>投稿者: ja2047
>2005/ 1/ 3 16:45
>メッセージ: 6959 / 7526
>投稿者: ja2047
>2005/ 1/29 8:20
>メッセージ: 30756 / 30917
>投稿者: ja2047
キミが今年の1月に投稿した複数の他トピの投稿をコピペして何をしたいの?
スマイス調査については、最近このトピで議論をしたじゃないか?
スマイス調査の戦争被害調査の死亡原因は、都市部集計の場合、「事故」と「戦争」の2通りしかない。
また、農村部集計の場合、「暴行」と「病死」のみである。
いずれも、加害者が日本兵なのか支那兵や不逞支那人なのか全く不明だが、殆ど全てが支那兵や不逞支那人の犯行である。
その事は、最近、このトピの#6905、#6915、#6922、#6923、#6935、#6936などで説明済みである。
それとも、キミのように何ページにも渡ってコピペして投稿し直さなければ駄目なのかい?
ぷ
相手の投稿を確たる根拠もなくガセネタだと罵倒する事に何の意味があるのかね?
今やキミこそが、ガセネタの総合商社のようになっている。
キミのガセネタはちゃんとメモしてあるから心配するな。
>>日本軍による無辜の民間人虐殺のマトモな証拠が何一つないことで立派に証明している。
>でりちゃんの言う「マトモな証拠」というものの条件を挙げられるかね?
通州事件や原爆投下などの例を挙げて説明したよ。
①自白
・無辜の民間人を虐殺したと自白した日本兵は存在しない。
・民間人の殺害を命令したと自白した日本軍将校は存在しない(命令書もなし)。
・戦後何十年も経ってから公表された「東日記」は東史郎の捏造日記と判明し、「宇和田日記」は朝日新聞の捏造日記だと判明した。
②目撃証言
・安全区国際委員会の15人の欧米人メンバーが目撃した虐殺は0件。
・百人以上の記者やカメラマンや作家が、陥落直後から南京を訪れて滞在したが、彼らの見聞記や証言によると虐殺はなかった。
・日本軍の南京占領後しばらく経って汪兆銘を首班とする南京国民政府が樹立され、その後終戦まで南京に1万数千の日本人が支那人と一緒に暮らしていたそうだが、虐殺など話題に出ず、復讐騒ぎなどなかった。
1945年11月7日、東京裁判に備え、支那(蒋介石)政府は「南京敵人罪行調査委員会」を設置し、支那人に南京における日本軍の犯罪を申告するよう呼びかけた。
ところが、日本軍の残虐行為を申告する者が「甚だ少なき」ばかりか、聞き取り調査を行うと唖然として「口を噤みて語らざる者」や虐殺を「否認する者」までいたという。
やむなく暫定的な報告を1946年1月20日、東京裁判に提出したが、「日本軍による大量虐殺」の証拠は埋葬記録を除けば、魯甦という人物の「57,418人が惨殺されるのを見た」という目撃証言ただ一件のみだった。
( ´∀`)アハハ
③物的証拠
・虐殺の証拠に使用される写真や映像は、全てが捏造や証拠能力を有しない写真や映像である。
・虐殺のための施設もなかった。
・安全区国際委員会の日本大使館への抗議文書にある殺害事案は、犯人が誰かは全て不明、被害者も殆どが不明、伝聞だけできちんとした検証はいない事案が数十件のみ。
・殺害犠牲者の名簿は、安全区国際委員会も、南京市民も、日本も、蒋介石政府も、汪兆銘政府も、誰も作成しなかった。
・日本軍の命令書もない。
・当時は、蒋介石にも、毛沢東にも、南京戦を戦った何応欽にも、南京虐殺事件の認識がなかったため、彼らの報告や抗議や非難にも南京虐殺に触れたものはなく、通州事件の後に日本外務省が発した公式声明など全くなし。
>以下、再録になるが、一つづつきちんと結論を出していこうじゃあないの
>再録する。
>2005/ 1/ 3 16:41
>メッセージ: 6958 / 7526
>投稿者: ja2047
>2005/ 1/ 3 16:45
>メッセージ: 6959 / 7526
>投稿者: ja2047
>2005/ 1/29 8:20
>メッセージ: 30756 / 30917
>投稿者: ja2047
キミが今年の1月に投稿した複数の他トピの投稿をコピペして何をしたいの?
スマイス調査については、最近このトピで議論をしたじゃないか?
スマイス調査の戦争被害調査の死亡原因は、都市部集計の場合、「事故」と「戦争」の2通りしかない。
また、農村部集計の場合、「暴行」と「病死」のみである。
いずれも、加害者が日本兵なのか支那兵や不逞支那人なのか全く不明だが、殆ど全てが支那兵や不逞支那人の犯行である。
その事は、最近、このトピの#6905、#6915、#6922、#6923、#6935、#6936などで説明済みである。
それとも、キミのように何ページにも渡ってコピペして投稿し直さなければ駄目なのかい?
ぷ
これは メッセージ 7230 (ja2047 さん)への返信です.