yousunwaiさん、報復の必要性、英ソの毒
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/08/27 20:32 投稿番号: [7214 / 41162]
>詳しくは知りませんが、おっしゃるような中国軍がそれを使っていたという話はどこかで読んだことがあります。
支那軍の細菌戦については#5441、支那軍による違法毒ガスの使用については#5509で投稿しております。
是非参考にして下さい。
また、それら毒ガスなどの使用禁止兵器の多くがソ連や英国などから援助されたのです。
使用禁止兵器を世界中の国々が保有していた理由は、敵が使用した場合に即時同害報復をするためです。
報復しなければ、敵は安心して不法行為をエスカレートさせるので抑止できなくなるのです。
原爆投下も同じようなことで、当時の日本が米国の都市を攻撃できる原爆と輸送手段を保有していたら、米国は決して日本の都市に原爆を投下しなかったでしょう。
したがって、支那軍が細菌戦や違法毒ガスを使用した時に日本軍も報復するべきだったのですが、日本軍は報復しませんでした。
731部隊の細菌戦なんて嘘っぱちのでっち上げです。
これと同じように、支那軍が日本人投降兵(当時は「俘虜」「捕虜」と呼んだ)を殺したら、日本軍は支那人投降兵(当時は「俘虜」「捕虜」と呼んだ)を殺しても致し方なかったのです。
実際には、日本人投降兵が支那軍によって殆ど皆殺しにされたのに、多くの支那人投降兵は日本軍によって命を助けられました。
>はい、マスコミによって流布されたのはそうだったという感じがしていたのですが、いつの間にか、捕虜の話も蒸し返されているような気もします。
反日クンたちは、日本軍による無辜の南京市民虐殺がなかったと判明すると、次は論点を日本軍による投降兵(捕虜、俘虜)殺害にずらします。
しかし、現実には、支那や米国やソ連による投降兵(捕虜、俘虜)殺害の方が遥かに酷かったのです。
●ソ連や英国による支那への使用禁止兵器支援
1926年8月15日、馮玉祥は北京の大使館付陸軍武官を通じてモスクワへ、1926年6月1日までに彼のもとへ届けられた軍需物資の領収書を送った。この領収書の中の軍需物資の項目は次のようになっている。
物品名
ライフル 27,970
弾 27,350,545
機関銃(マクシム) 90
機関銃(エチエンヌ) 50
機関銃(ビッカース) 3
機関銃(ルイス) 4
砲台(3インチ) 42
砲台車 42
砲架 84
砲車馬具 126
双眼鏡 63
榴散弾(野戦砲) 11,364
強力爆発弾(野戦砲) 11,364
手榴弾 10,000
★【毒ガス弾 640】
迫撃砲 10
爆弾 1,000
刀剣 1,000
槍 500
飛行機 3
『シナ大陸の真相』
英国による武器援助も半端なものではなく、ソ連を遥かに上回るものでした。
1937年の新聞記事で紹介されています。
英国より支那に支給しつつある武器弾薬で十月中旬現在確実に判明せるもの
(★印は交戦法規で禁止されているもの)
既に支那に到着せる物
飛行機、高速度戦闘機2機、軽戦闘機6機、駆逐機5機、偵察機40機、V・I七型偵察機9機、爆撃機10機、その他30機、合計102機、飛行機捜査聴音器20台、高射砲四門、高射砲弾80トン、同3800箱、付属器具20箱、強烈爆薬(T・N・T一箱50ポンド入り)2200箱、敷設水雷100内外
十月中旬支那に向け輸送途中にあった物
飛行機7機、飛行機用モーター12台、飛行機部分品250トン、飛行機用機関銃70挺、★焼夷弾十万発、爆弾(大型)105箱、高射砲22門、野砲8門、武器220箱、機関銃150挺、小銃2000挺、小銃(自動式九ミリ)2600挺、同(ヴィーカス7.2ミリ)3000挺、小銃弾180万発、同8740箱、弾薬396トン、機関銃及び弾薬101箱、弾薬(数量不明)、同31トン、戦車10台、十型戦車13台、装甲自動車42台、乗用自動車150台、無電機3台、ガスマスク8箱、軍需品200箱、★クローリンガス入り筒150箱、★ガス円筒入り6筒、敷設水雷23個、各種爆薬物200箱、ダイナマイト70箱、★液体ガス(数量不明)、手榴弾280箱、ブラックパウダー95箱、特別軍需品13箱、 弾丸及び弾薬30(単位不明)、★チューブ入りガス10(同)、(後略)
とあります。
新聞は「英国より支那に輸送されたガス類およびダムダム弾が、すでに戦場鹵獲品中に多数発見せられつつあることは人道無視の行為であって…」と英国を非難しています。
ソ連や英国や米国などによる支那への武器その他の支援は、その後もずっと続き、戦争を早く止めたかった日本を大いに悩ませました。
支那軍の細菌戦については#5441、支那軍による違法毒ガスの使用については#5509で投稿しております。
是非参考にして下さい。
また、それら毒ガスなどの使用禁止兵器の多くがソ連や英国などから援助されたのです。
使用禁止兵器を世界中の国々が保有していた理由は、敵が使用した場合に即時同害報復をするためです。
報復しなければ、敵は安心して不法行為をエスカレートさせるので抑止できなくなるのです。
原爆投下も同じようなことで、当時の日本が米国の都市を攻撃できる原爆と輸送手段を保有していたら、米国は決して日本の都市に原爆を投下しなかったでしょう。
したがって、支那軍が細菌戦や違法毒ガスを使用した時に日本軍も報復するべきだったのですが、日本軍は報復しませんでした。
731部隊の細菌戦なんて嘘っぱちのでっち上げです。
これと同じように、支那軍が日本人投降兵(当時は「俘虜」「捕虜」と呼んだ)を殺したら、日本軍は支那人投降兵(当時は「俘虜」「捕虜」と呼んだ)を殺しても致し方なかったのです。
実際には、日本人投降兵が支那軍によって殆ど皆殺しにされたのに、多くの支那人投降兵は日本軍によって命を助けられました。
>はい、マスコミによって流布されたのはそうだったという感じがしていたのですが、いつの間にか、捕虜の話も蒸し返されているような気もします。
反日クンたちは、日本軍による無辜の南京市民虐殺がなかったと判明すると、次は論点を日本軍による投降兵(捕虜、俘虜)殺害にずらします。
しかし、現実には、支那や米国やソ連による投降兵(捕虜、俘虜)殺害の方が遥かに酷かったのです。
●ソ連や英国による支那への使用禁止兵器支援
1926年8月15日、馮玉祥は北京の大使館付陸軍武官を通じてモスクワへ、1926年6月1日までに彼のもとへ届けられた軍需物資の領収書を送った。この領収書の中の軍需物資の項目は次のようになっている。
物品名
ライフル 27,970
弾 27,350,545
機関銃(マクシム) 90
機関銃(エチエンヌ) 50
機関銃(ビッカース) 3
機関銃(ルイス) 4
砲台(3インチ) 42
砲台車 42
砲架 84
砲車馬具 126
双眼鏡 63
榴散弾(野戦砲) 11,364
強力爆発弾(野戦砲) 11,364
手榴弾 10,000
★【毒ガス弾 640】
迫撃砲 10
爆弾 1,000
刀剣 1,000
槍 500
飛行機 3
『シナ大陸の真相』
英国による武器援助も半端なものではなく、ソ連を遥かに上回るものでした。
1937年の新聞記事で紹介されています。
英国より支那に支給しつつある武器弾薬で十月中旬現在確実に判明せるもの
(★印は交戦法規で禁止されているもの)
既に支那に到着せる物
飛行機、高速度戦闘機2機、軽戦闘機6機、駆逐機5機、偵察機40機、V・I七型偵察機9機、爆撃機10機、その他30機、合計102機、飛行機捜査聴音器20台、高射砲四門、高射砲弾80トン、同3800箱、付属器具20箱、強烈爆薬(T・N・T一箱50ポンド入り)2200箱、敷設水雷100内外
十月中旬支那に向け輸送途中にあった物
飛行機7機、飛行機用モーター12台、飛行機部分品250トン、飛行機用機関銃70挺、★焼夷弾十万発、爆弾(大型)105箱、高射砲22門、野砲8門、武器220箱、機関銃150挺、小銃2000挺、小銃(自動式九ミリ)2600挺、同(ヴィーカス7.2ミリ)3000挺、小銃弾180万発、同8740箱、弾薬396トン、機関銃及び弾薬101箱、弾薬(数量不明)、同31トン、戦車10台、十型戦車13台、装甲自動車42台、乗用自動車150台、無電機3台、ガスマスク8箱、軍需品200箱、★クローリンガス入り筒150箱、★ガス円筒入り6筒、敷設水雷23個、各種爆薬物200箱、ダイナマイト70箱、★液体ガス(数量不明)、手榴弾280箱、ブラックパウダー95箱、特別軍需品13箱、 弾丸及び弾薬30(単位不明)、★チューブ入りガス10(同)、(後略)
とあります。
新聞は「英国より支那に輸送されたガス類およびダムダム弾が、すでに戦場鹵獲品中に多数発見せられつつあることは人道無視の行為であって…」と英国を非難しています。
ソ連や英国や米国などによる支那への武器その他の支援は、その後もずっと続き、戦争を早く止めたかった日本を大いに悩ませました。
これは メッセージ 7194 (yousunwai さん)への返信です.