>沖の鳥島=石ころ領土!
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/01/19 21:37 投稿番号: [4346 / 41162]
>君が南沙諸島の問題から逃げていると思うのは私だけかな。
何が言いたいのか、ヨ〜〜解らんが?
取りあえず、ASEANではこうなっとるで〜」
aseanの見解だ〜〜!
中国が近年引き起こした領土問題】
1992年: 南沙諸島問題
中国が「領海法」制定により南沙諸島、西沙諸島の領有を宣言。
1995年: ミスチーフ環礁事件
歴史的にフィリピンが領有してきたミスチーフ環礁を、中国が占領。
1997年: スカーボロ環礁問題
フィリピンが歴史的に領有してきたスカーボロ環礁に、中国が領有権を主張。
同年: 尖閣諸島問題
日本が固有の領土として主張してきた尖閣諸島の領有を主張。
南シナ海に位置する南沙諸島は、中国だけでなく台湾、ベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイの6カ国が、その全体、または一部の領有を主張している問題の地域であり、この周辺各国は軍事力増強を競争し、アジアにも軍拡時代が訪れようとしている。まず最初に中国は1992年に「領海法」を制定し、南沙諸島と西沙諸島のすべてが中国の領土であると世界に宣言した。それに対して、その他の5カ国はそれぞれの国の立場から領有を主張、緊張が高まりつつある。特に、台湾、マレーシア、インドネシア、シンガポールの軍拡のスピードは凄まじく、相対的に軍事力の旧式化、弱小化しつつあるフィリピン、ベトナム等との逆転現象が生じている。
、ASEAN内部について、ASEAN発足に伴い、加盟国間の領土対立はひとまず棚上げとなり、各国は現在の国境線を相互に尊重している。
このため、マレーシア独立(1958年)時に東マレーシア(サバ、サラワク両州)の領有権をめぐってマレーシア、インドネシア、フィリピンの3国間で深刻な対立が発生し、一時は戦争寸前に至ったことを考えると、現在の状況は嘘の様に平静といえる。しかし、未だに選挙の際に野党が宣伝に使ったり、中国がASEAN各国間の領土問題を利用することにより南沙諸島問題を自国に有利に解決しようとしている等の状況もあり、完全に過去の問題になったとは一概に言い切れない。
南沙諸島の領有権問題である。同諸島には有史以来中国の貿易関係者が寄港地に使ってきた実績があり、また明代の鄭和の遠征の頃などは中国人が居留していた実績もあるとされる。(その後、清国が鎖国政策を取り、南洋との貿易が減少したため居留していた中国人も本土に戻ったと言われる。)その後、植民地時代には特に同諸島の領有権が大問題となることはなかったが、第二次大戦後、中国とベトナムの間で領有権をめぐり小競合いが多発するようになった。さらに、同諸島が大陸棚の延長にあることからフィリピン(1958 年以降) とマレーシア(1979 年以降)も領有権の主張を始め、現在にいたっている。
約100の小島、環礁からなる無人島で、南海(南シナ海)にある島々のうち最南端にある。英語名はスプラトリー、ベトナム名はチュオンサ。中沙群島や西沙群島(パラセル群島。中国が実効支配。ベトナムが領有権を主張)とともに南海諸島を形成。
第2次大戦下の1939年、南方に侵略した日本が領有を宣言し「新南群島」としたが、51年の対日講話条約によって、権利・請求権を放棄。その後、中国が南沙群島を含む南海諸島全域の領有権を主張。周辺諸国との間で領有権をめぐって紛争が生じたが、70年代後半には海底油田の存在が確認され、領有権紛争が激しくなった。漁業資源、航路、軍事の面などでも重要な海域とされる。
領有権を主張しているのは、中国の他、フィリピン、インドネシア、マレーシア、ベトナムのASEAN諸国と台湾。中国が92年に領海法で領有権を明記したため、周辺国が反発。中国とフィリピンとの衝突も起きた。
緊張緩和へ向けた動きでは、96年7月、ASEAN第3回地域フォーラムで、海域の安全保障に関する新たな協議が始まったが、2国間協議を主張する中国に対して、ASEANは多国間の枠組みづくりを主張し対立した。
2002年11月のASEAN会議では、中国とASEAN双方が武力行使放棄と現状維持を約束し、紛争予防をめざす「行動宣言」の調印にこぎつけた。背景には、自由貿易協定(FTA)締結へ向けた中国とASEANとの緊密化がある。(2003年1月25日作成)
アジアの国々は随分と成長したようだ、元々国際政治哲学は日本よりも数段上を歩いているようだったが、、大人の解決をしていると思うよね。
それに比べて、なんと心の狭いことでしょうかね。
特に 「沖の鳥島」と島と名が付くだけで「島」だという単純さはいかがなものでしょうか?
小泉の自衛隊が行くところは「戦闘地域ではない」と同じ、意味合いか?
自衛隊は決して「戦闘」はしない。やられるだけ
何が言いたいのか、ヨ〜〜解らんが?
取りあえず、ASEANではこうなっとるで〜」
aseanの見解だ〜〜!
中国が近年引き起こした領土問題】
1992年: 南沙諸島問題
中国が「領海法」制定により南沙諸島、西沙諸島の領有を宣言。
1995年: ミスチーフ環礁事件
歴史的にフィリピンが領有してきたミスチーフ環礁を、中国が占領。
1997年: スカーボロ環礁問題
フィリピンが歴史的に領有してきたスカーボロ環礁に、中国が領有権を主張。
同年: 尖閣諸島問題
日本が固有の領土として主張してきた尖閣諸島の領有を主張。
南シナ海に位置する南沙諸島は、中国だけでなく台湾、ベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイの6カ国が、その全体、または一部の領有を主張している問題の地域であり、この周辺各国は軍事力増強を競争し、アジアにも軍拡時代が訪れようとしている。まず最初に中国は1992年に「領海法」を制定し、南沙諸島と西沙諸島のすべてが中国の領土であると世界に宣言した。それに対して、その他の5カ国はそれぞれの国の立場から領有を主張、緊張が高まりつつある。特に、台湾、マレーシア、インドネシア、シンガポールの軍拡のスピードは凄まじく、相対的に軍事力の旧式化、弱小化しつつあるフィリピン、ベトナム等との逆転現象が生じている。
、ASEAN内部について、ASEAN発足に伴い、加盟国間の領土対立はひとまず棚上げとなり、各国は現在の国境線を相互に尊重している。
このため、マレーシア独立(1958年)時に東マレーシア(サバ、サラワク両州)の領有権をめぐってマレーシア、インドネシア、フィリピンの3国間で深刻な対立が発生し、一時は戦争寸前に至ったことを考えると、現在の状況は嘘の様に平静といえる。しかし、未だに選挙の際に野党が宣伝に使ったり、中国がASEAN各国間の領土問題を利用することにより南沙諸島問題を自国に有利に解決しようとしている等の状況もあり、完全に過去の問題になったとは一概に言い切れない。
南沙諸島の領有権問題である。同諸島には有史以来中国の貿易関係者が寄港地に使ってきた実績があり、また明代の鄭和の遠征の頃などは中国人が居留していた実績もあるとされる。(その後、清国が鎖国政策を取り、南洋との貿易が減少したため居留していた中国人も本土に戻ったと言われる。)その後、植民地時代には特に同諸島の領有権が大問題となることはなかったが、第二次大戦後、中国とベトナムの間で領有権をめぐり小競合いが多発するようになった。さらに、同諸島が大陸棚の延長にあることからフィリピン(1958 年以降) とマレーシア(1979 年以降)も領有権の主張を始め、現在にいたっている。
約100の小島、環礁からなる無人島で、南海(南シナ海)にある島々のうち最南端にある。英語名はスプラトリー、ベトナム名はチュオンサ。中沙群島や西沙群島(パラセル群島。中国が実効支配。ベトナムが領有権を主張)とともに南海諸島を形成。
第2次大戦下の1939年、南方に侵略した日本が領有を宣言し「新南群島」としたが、51年の対日講話条約によって、権利・請求権を放棄。その後、中国が南沙群島を含む南海諸島全域の領有権を主張。周辺諸国との間で領有権をめぐって紛争が生じたが、70年代後半には海底油田の存在が確認され、領有権紛争が激しくなった。漁業資源、航路、軍事の面などでも重要な海域とされる。
領有権を主張しているのは、中国の他、フィリピン、インドネシア、マレーシア、ベトナムのASEAN諸国と台湾。中国が92年に領海法で領有権を明記したため、周辺国が反発。中国とフィリピンとの衝突も起きた。
緊張緩和へ向けた動きでは、96年7月、ASEAN第3回地域フォーラムで、海域の安全保障に関する新たな協議が始まったが、2国間協議を主張する中国に対して、ASEANは多国間の枠組みづくりを主張し対立した。
2002年11月のASEAN会議では、中国とASEAN双方が武力行使放棄と現状維持を約束し、紛争予防をめざす「行動宣言」の調印にこぎつけた。背景には、自由貿易協定(FTA)締結へ向けた中国とASEANとの緊密化がある。(2003年1月25日作成)
アジアの国々は随分と成長したようだ、元々国際政治哲学は日本よりも数段上を歩いているようだったが、、大人の解決をしていると思うよね。
それに比べて、なんと心の狭いことでしょうかね。
特に 「沖の鳥島」と島と名が付くだけで「島」だという単純さはいかがなものでしょうか?
小泉の自衛隊が行くところは「戦闘地域ではない」と同じ、意味合いか?
自衛隊は決して「戦闘」はしない。やられるだけ
これは メッセージ 4345 (monpa60 さん)への返信です.