あの九州大学事件
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/06/19 08:24 投稿番号: [40025 / 41162]
九州大学生体解剖事件(きゅうしゅうだいがくせいたいかいぼうじけん)は、1945年に福岡県福岡市の九州帝国大学(現在の九州大学)医学部の敷地内において米軍捕虜に対する生体解剖実験が行われた事件。
1945年5月、九州方面を爆撃[1]するために飛来したアメリカ軍のB-29が、熊本県・大分県境で19歳の学徒兵が操縦する戦闘機の空中特攻によって撃墜され、搭乗員のウイリアム・フレドリック少佐ら12名が捕らえられた。東京からの暗号命令で、『東京の捕虜収容所は満員で、情報価値のある機長だけ東京に送れ。後は各軍司令部で処理しろ』により、捕虜の処遇に困った西部軍司令部は、裁判をせずに12名の搭乗員の内、8名を死刑処分とすることにした。このことを知った九州帝国大学卒で病院詰見習士官の小森卓軍医は、石山福二郎主任外科部長(教授)と共に、8名を生体解剖に供することを軍に提案した。これを軍が認めたため、8名は九州帝国大学へ引き渡された。8名の捕虜は収容先が病院であったため健康診断を受けられると思い、「サンキュー」と言って医師に感謝したという。
生体解剖は1945年5月17日から6月2日にかけて行われた。指揮および執刀は石山福二郎主任外科部長であった。軍部は実験対象者の情報について広島の原爆で死亡したと嘘の報告書を提出したが矛盾をつかれ、事件が露呈した。その後GHQがこの事件について詳しく調査し、最終的に九州大学関係者14人、西部軍関係者11人が逮捕された。
これは メッセージ 40018 (thi**een*sat*n さん)への返信です.
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