南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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陣中日記

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/05/21 09:25 投稿番号: [39904 / 41162]
黒須忠信の陣中日記
出典:前掲『南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち』350〜351頁所収。

第13師団山砲兵第19聯隊の第III大隊・大隊段列──大隊段列というのは輸送部隊のことです──上等兵であった黒須さんという人の当時の日記です。

12月16日晴。「「午后一時、我が段列より二十名は残兵掃蕩の目的にて、幕府山方面に向かう」」。もう戦闘は終わっていますので、これは警備のためなんでしょう。「「二、三日前、捕虜にせし支那兵の一部五千名を揚子江の沿岸に連れ出し、機関銃を以て射殺す」」。機関銃で殺したとありますから、かなり具体的ですね。

このときに、さっきの将校の日記によると、向こう側にいる日本兵に当たって、日本側にも死者が出ています。

「「その后、銃剣にて思う存分に突刺す。自分もこの時ばかりと、憎き支那兵を三十人も突刺した事であろう」」とあります。この人は、先ほどの伍長と違って、あまり痛ましいとは思っていません。このときとばかり思い切り突刺した、と書いてます。

「「山となって居る死人の上をあがって突き刺す気持は、鬼をもひしがん勇気が出て、力いっぱいに突き刺したり。うーんうーんとうめく支那兵の声。年寄りも居れば、子供を居る」」。これは解釈がちょっと難しいところです。「年寄りと子供」と言っていますが、兵隊にしては年寄りで、兵隊にしては子供なのか、それとも本当に年寄りと子供なのか、どっちにも取れますが、「「一人残らず殺す。刀を借りて、首をも切って見た。こんな事は今まで中にない珍らしい出来事であった。××少尉殿並に×××××氏、×××××氏等に面会する事が出来た。皆無事、元気であった。帰りし時は午后八時となり、腕は相当つかれて居た」」と書いてありますから、相当殺したんでしょうね。

この人は先ほどの伍長と違って、あまり良心の呵責がなかったようで、大いにやったという、なにか随分興奮して書いています。この人はまさに現場で、最後に止めを刺したという、そういうことを語っています。これが虐殺の現場中の現場にいて、現場で事を行った人の日記です。
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