ニャンコチャン、これを計算しなさい
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/04/24 14:05 投稿番号: [39775 / 41162]
南京攻略戦を指揮した第16師団長・中島今朝吾中将の日記
出典:「南京攻略戦『中島師団長日記』」『歴史と人物 増刊 秘史・太平洋戦争』(1984年)261頁。
1937年12月13日の日記です。師団長ですから当然、師団司令部で指揮を執っているわけです。13日は南京陥落の日ですから、南京のすぐ外側に司令部があったと思われます。
「「一、本日正午、高山剣士来着す」」(読み易くするため、日記を現代用語ふうに直しています。以下、日記は同様)。──剣士というのですから、すごい剣道の達人なんでしょうね。「「時あたかも捕虜七名あり。直ちに試し斬りを為さしむ」」。まず司令部に連れて来た捕虜7名を試し斬りさせた。その剣士という人の腕前を確かめるために、それだけのために捕虜7名を斬らせたのです。
「「到るところに捕虜を見、到底その始末に堪えざる程なり」」。投降した中国兵がいっぱい居て始末に負えない、ということです。
その次ですが、「「大体、捕虜はせぬ方針なれば」」と言って、捕虜に取ることはしない方針だ、と言っています。国際法上はすでにジュネーブ条約というものが1929年に締結されています。日本は批准していないのですが、戦時においては捕虜を確保した方がそれを保護する義務がある。
しかし、捕虜はしない方針だ、と言うんです。「「片端より之を片付くることとなしたれども、中々実行は敏速には出来ず」」。捕虜にはしない、片っ端から片付けろ、ということです。「片付ける」ということはどういうことなのか、段々判ってきます。
「「一、佐々木部隊」」──これは16師団に属している一つの大隊なんです。「「佐々木部隊だけにて処理せしもの約一万五千、太平門に於ける守備の一中隊長が処理せしもの約一三〇〇、その仙鶴門付近に集結したるもの約七、八千人あり。尚続々投降し来る」」。ここで「処理」と言っています。
一個大隊は800人ぐらいですが、その人数で1万5千人を処理したと言っている。それから一中隊、200人ぐらいでしょうか、それで1300人ぐらい処理した、と言っています。
で、どんどん捕虜が増えてきて、「「この七、八千人これを片付くるには、相当大なる壕を要し」」──壕というのは、穴のことです。
「「中々見当らず。一案としては百、二百に分割したる後、適当の箇所に誘(いざな)いて処理する予定なり」」。
16師団は内陸の方から攻めてますから、河がない。そうすると「処理する」というのは、殺害して穴に埋めてしまうということです。7000〜8000人の人間を埋める穴はないから、分割して埋めると言っているわけです。こういう遺体は、のちに掘り出され骨になったものが発見されています。
ここでは計画的に、最初から捕虜にしないで殺害して埋めてしまおうということを、師団長が言っているわけですから、この方針であったということが分かります。
出典:「南京攻略戦『中島師団長日記』」『歴史と人物 増刊 秘史・太平洋戦争』(1984年)261頁。
1937年12月13日の日記です。師団長ですから当然、師団司令部で指揮を執っているわけです。13日は南京陥落の日ですから、南京のすぐ外側に司令部があったと思われます。
「「一、本日正午、高山剣士来着す」」(読み易くするため、日記を現代用語ふうに直しています。以下、日記は同様)。──剣士というのですから、すごい剣道の達人なんでしょうね。「「時あたかも捕虜七名あり。直ちに試し斬りを為さしむ」」。まず司令部に連れて来た捕虜7名を試し斬りさせた。その剣士という人の腕前を確かめるために、それだけのために捕虜7名を斬らせたのです。
「「到るところに捕虜を見、到底その始末に堪えざる程なり」」。投降した中国兵がいっぱい居て始末に負えない、ということです。
その次ですが、「「大体、捕虜はせぬ方針なれば」」と言って、捕虜に取ることはしない方針だ、と言っています。国際法上はすでにジュネーブ条約というものが1929年に締結されています。日本は批准していないのですが、戦時においては捕虜を確保した方がそれを保護する義務がある。
しかし、捕虜はしない方針だ、と言うんです。「「片端より之を片付くることとなしたれども、中々実行は敏速には出来ず」」。捕虜にはしない、片っ端から片付けろ、ということです。「片付ける」ということはどういうことなのか、段々判ってきます。
「「一、佐々木部隊」」──これは16師団に属している一つの大隊なんです。「「佐々木部隊だけにて処理せしもの約一万五千、太平門に於ける守備の一中隊長が処理せしもの約一三〇〇、その仙鶴門付近に集結したるもの約七、八千人あり。尚続々投降し来る」」。ここで「処理」と言っています。
一個大隊は800人ぐらいですが、その人数で1万5千人を処理したと言っている。それから一中隊、200人ぐらいでしょうか、それで1300人ぐらい処理した、と言っています。
で、どんどん捕虜が増えてきて、「「この七、八千人これを片付くるには、相当大なる壕を要し」」──壕というのは、穴のことです。
「「中々見当らず。一案としては百、二百に分割したる後、適当の箇所に誘(いざな)いて処理する予定なり」」。
16師団は内陸の方から攻めてますから、河がない。そうすると「処理する」というのは、殺害して穴に埋めてしまうということです。7000〜8000人の人間を埋める穴はないから、分割して埋めると言っているわけです。こういう遺体は、のちに掘り出され骨になったものが発見されています。
ここでは計画的に、最初から捕虜にしないで殺害して埋めてしまおうということを、師団長が言っているわけですから、この方針であったということが分かります。
これは メッセージ 39774 (nya**otyan*dam*n さん)への返信です.