(虐殺其のものがなかった)の嘘
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/04/23 13:17 投稿番号: [39762 / 41162]
〔南京入城式が行われているその当日、一方では、揚子江岸で捕虜を処分していた。
「「二万以上の事とて、ついに大失態に会い、友軍にも多数死傷者を出してしまった。中隊死者一、傷者二に達す」」とあるのですが、これはどういうことかというと、多くの捕虜を機関銃で撃った。
ところが日本側がぐるっと囲んで撃ったものですから、向こう側にいる日本兵に当たってしまった。大失態とは、そのことを言っているんです。取り囲んで味方を撃ってしまい、それによって死んだ人もいた。
「「中隊死者一、傷者二に達す」」ということですから、日本軍にとっては確かに大失態です。
翌12月18日、「「昨日来の出来事にて、暁方ようやく寝に就く」」とあります。射殺で時間がかかって、明け方までかかった。それでようやく寝に就いた。
「「起床する間もなく昼食をとる様である。午后、敵死体の片付けをなす。暗くなるも終らず、明日又なす事にして引き上ぐ。風寒し」」。
前日一日かけて射殺をして、死体の片付け(揚子江に流すこと)をした。しかし一日やったけど終わらなくて、また明日やることにした、というのですから、死体はすごい数だということです。「「二万人以上の事」」と、この宮本さんは聞いていたというんです。
12月19日になると、「「昨日に引続き、早朝より死体の処分に従事す。午后四時迄かかる」」と書いています。この日も揚子江に遺体を流す作業をやっていたと言うんです。
これらを見ると、17日の南京入城の前日から組織的に捕虜の殺害が行われて、19日までの4日間、この13師団は一生懸命に捕虜の遺体を揚子江に流す作業をやっていたということが判ります。
先ほどお話した、犠牲者の数が判らないというのは、ここなんです。このように無秩序に殺した遺体を、どんどん流してしまった。こんな状況(射殺された遺体が放置されている)がずっと人目に晒されるのはよろしくないので、大急ぎで遺体を流すということをやったために、また、誰も記録を付けているわけでもないので、そこで亡くなった人の数がどれくらいかが判らないのです。〕
これは メッセージ 39760 (nya**otyan*dam*n さん)への返信です.
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