Re: 中国製の偽造日記
投稿者: maximirion 投稿日時: 2012/03/14 05:50 投稿番号: [39124 / 41162]
今日、藤岡信勝氏の発言を見つけました。
「河村氏の発言に時代の変化が」
http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/sigotonaiyou.html
読んでみて、変化の理由はネット世論が大きくなったから、
と書いてあるのですが、
これは何を指しているのでしょうか。さっぱりわかりません。>
URLを貼り間違えてるようです。
「河村氏の発言に時代の変化が」
http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&aq=hts&oq=&hl=ja&ie=UTF-8&rlz=1T4GGHP_jaJP444JP444&q=%e6%b2%b3%e6%9d%91%e6%b0%8f%e3%81%ae%e7%99%ba%e8%a8%80%e3%81%ab%e6%99%82%e4%bb%a3%e3%81%ae%e5%a4%89%e5%8c%96%e3%81%8c
藤岡市のコメントは、我田引水によってステレオタイプに帰結してしまっています。
ネット世論などというのは、新聞社やテレビ局の作成する世論調査同様に虚構でしかありません。
以前のように、南京大虐殺や従軍慰安婦強制連行について吹聴されて虚偽について、封殺されなくなったということがあります。
その要因は、当時を知る老人の言論を封殺していた世代自体が多く現役から退いたということが一点。
そして、中国が日本の領海付近や排他的経済水域で軍艦をはいかいさせたり、尖閣諸島での態度などでその本質を再び顕し始めたことが一点。
更に、政府がそんな中国側の恫喝に屈して中国側の非正当性を隠蔽した事が発覚したことが一点。
去年の震災の才の政府の対応や原発事故に関する対応などを目の当たりにして、政府に対する疑念が深まったということが一点。
これらの点が多くの人に与えた印象と教訓が、河村市長の発言と態度に対して共感を生んでいて、河村市長の発言自体は従来の所謂扇動的右派言論がステレオタイプを繰り返すだけなのとは違って、自身の経験や学びによって得た知識を考察して述べられる、河村市長自身の見識である事がその共感を呼ぶ最大の要素だと思われます。
何時から”天皇”を始めたのかは、天皇家自身が一番よく知るところであります。
勝手な思惑で、碌な考察や検証も天皇家とそれに纏わる歴史や日本の先人達の信心や矜恃や叡智を あるがままに受け継げていない、自称右派や自称保守の持ち出す勝手な歴史観や天皇観には、日の丸や君が代を否定する輩と同じ類の不敬さを覚えます。
歴史の中の誇るべき事実も恥ずべき事実も受け継いでこその、由緒正しい民族の末裔であり子孫であり、その国家の国民です。
その象徴が国旗であり国歌であり天皇であるのが日本であり、日本人の矜恃であるはずなのです。
農民と山の人々との間には、朝廷が農民を民草と分けた時点から対立を生みました。
徳川家康が、江戸幕府と言う軍政を敷いて士農工商と言う軍政の身分制度を制定して、それが身分を持つ者と持たないものとの間の差別意識として顕在化し、潜在化したのです。
山の人々は、幕府の身分に属さない無辜の民であり、天皇家が天皇家を始めたときから神ながらの生活を保障すると約束した民草の一部です。
それに対して農民は、田畑を支給するからと朝廷の行政制度に身分として組み込まれ、後に軍政の兵站兵糧の原資として市民制度に組み込まれた人達で、民草には含まれない人達です。
山の人々は、国の根幹である水源の護り人の役割を受け持ち、山林環境とそこにある食物連鎖を管理して来たのです。
そして、水源と森林環境などの管理を通じて農耕を支えて国力の根底を支える役割を担っていた歴史があったのです。
だから、維新に際して江戸時代に生じていた市民制度を解体したのです。
そして、民草と臣下という身分を置かずに一君万民を旨として、民草が自ら参加して執政する国家へ移行する事を志し、国民を遍く臣民として所謂”臣下”を廃そうとしたわけです。
ところが、それまで身分制度を教授していた公家や士族の多くがそれを受け入れることが出来なかった。
故に爵位制度が出来てしまい、国民皆兵に反対し、議会が衆議院と貴族院の二院制というくだらない者で落ち着く事となってしまった。
戦前も戦後も似非が徘徊して亡国に加担するのが、この国の悲しいところです。
「河村氏の発言に時代の変化が」
http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/sigotonaiyou.html
読んでみて、変化の理由はネット世論が大きくなったから、
と書いてあるのですが、
これは何を指しているのでしょうか。さっぱりわかりません。>
URLを貼り間違えてるようです。
「河村氏の発言に時代の変化が」
http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&aq=hts&oq=&hl=ja&ie=UTF-8&rlz=1T4GGHP_jaJP444JP444&q=%e6%b2%b3%e6%9d%91%e6%b0%8f%e3%81%ae%e7%99%ba%e8%a8%80%e3%81%ab%e6%99%82%e4%bb%a3%e3%81%ae%e5%a4%89%e5%8c%96%e3%81%8c
藤岡市のコメントは、我田引水によってステレオタイプに帰結してしまっています。
ネット世論などというのは、新聞社やテレビ局の作成する世論調査同様に虚構でしかありません。
以前のように、南京大虐殺や従軍慰安婦強制連行について吹聴されて虚偽について、封殺されなくなったということがあります。
その要因は、当時を知る老人の言論を封殺していた世代自体が多く現役から退いたということが一点。
そして、中国が日本の領海付近や排他的経済水域で軍艦をはいかいさせたり、尖閣諸島での態度などでその本質を再び顕し始めたことが一点。
更に、政府がそんな中国側の恫喝に屈して中国側の非正当性を隠蔽した事が発覚したことが一点。
去年の震災の才の政府の対応や原発事故に関する対応などを目の当たりにして、政府に対する疑念が深まったということが一点。
これらの点が多くの人に与えた印象と教訓が、河村市長の発言と態度に対して共感を生んでいて、河村市長の発言自体は従来の所謂扇動的右派言論がステレオタイプを繰り返すだけなのとは違って、自身の経験や学びによって得た知識を考察して述べられる、河村市長自身の見識である事がその共感を呼ぶ最大の要素だと思われます。
何時から”天皇”を始めたのかは、天皇家自身が一番よく知るところであります。
勝手な思惑で、碌な考察や検証も天皇家とそれに纏わる歴史や日本の先人達の信心や矜恃や叡智を あるがままに受け継げていない、自称右派や自称保守の持ち出す勝手な歴史観や天皇観には、日の丸や君が代を否定する輩と同じ類の不敬さを覚えます。
歴史の中の誇るべき事実も恥ずべき事実も受け継いでこその、由緒正しい民族の末裔であり子孫であり、その国家の国民です。
その象徴が国旗であり国歌であり天皇であるのが日本であり、日本人の矜恃であるはずなのです。
農民と山の人々との間には、朝廷が農民を民草と分けた時点から対立を生みました。
徳川家康が、江戸幕府と言う軍政を敷いて士農工商と言う軍政の身分制度を制定して、それが身分を持つ者と持たないものとの間の差別意識として顕在化し、潜在化したのです。
山の人々は、幕府の身分に属さない無辜の民であり、天皇家が天皇家を始めたときから神ながらの生活を保障すると約束した民草の一部です。
それに対して農民は、田畑を支給するからと朝廷の行政制度に身分として組み込まれ、後に軍政の兵站兵糧の原資として市民制度に組み込まれた人達で、民草には含まれない人達です。
山の人々は、国の根幹である水源の護り人の役割を受け持ち、山林環境とそこにある食物連鎖を管理して来たのです。
そして、水源と森林環境などの管理を通じて農耕を支えて国力の根底を支える役割を担っていた歴史があったのです。
だから、維新に際して江戸時代に生じていた市民制度を解体したのです。
そして、民草と臣下という身分を置かずに一君万民を旨として、民草が自ら参加して執政する国家へ移行する事を志し、国民を遍く臣民として所謂”臣下”を廃そうとしたわけです。
ところが、それまで身分制度を教授していた公家や士族の多くがそれを受け入れることが出来なかった。
故に爵位制度が出来てしまい、国民皆兵に反対し、議会が衆議院と貴族院の二院制というくだらない者で落ち着く事となってしまった。
戦前も戦後も似非が徘徊して亡国に加担するのが、この国の悲しいところです。
これは メッセージ 39109 (nan*ka*no*ima さん)への返信です.