Re: 兵士の陣中日記に見る大虐殺の様相(1
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/12/16 14:21 投稿番号: [37782 / 41162]
南京攻撃の支那爆撃機
材上海米国領事館
12月12日午前九時
12月8日正午付南京に於ける支那軍飛行隊に関する当方報告に関し
支那軍飛行機が市の上空を飛行せるを目撃し又彼等が爆撃を下関に投下せるの報告を引き続き受けて居り、一人の米人報知者は多くの爆裂音が最近川に沿って聞こえたることを確言せるも、彼はその音は揚子江北岸のゲリラ部隊に対向けられたる日本軍作戦の為に於きたるものなりとの意見である
12月十二日午後六時過ぎ空襲警報が南京になり響いたがほんの23分もしない内解除の合図が続いて聞こえた。
クーパー
ジョン・H・D・ラーベ
前略
同志の約3分の1は日本軍の手に依って壊滅し放火され未だに続発している
市内の商店にて踏み込まれ或いは掠奪された人々の死骸は尚市中に転がっており埋葬する事は許されない
竹製の寝台に縛り付けられた一支那兵士の死骸は12月13日以来・・・云々
地帯内の種々の池にある銃殺された支那人の死骸は50にも上がり我々は其の埋葬を許されない
↑日本軍が入城した時には寝台に縛り付けられた支那片の死体があったと言う事だよね、脳死君。
又、池の中にも支那人の屍体が浮かんでいたと言うことだよね、日本軍が来前から、脳死君。
これは メッセージ 37778 (shoujouji さん)への返信です.
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