南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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冤罪 帝銀事件

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2011/11/30 14:48 投稿番号: [37552 / 41162]
読売新聞の大木社会部次長は、731部隊の隊員を必死になって追跡していたが、警視庁から呼び出され、圧力をかけられた事実があった。大木が警視庁に行くと、藤田捜査本部長とGHQのイートン中佐と2世の服部中尉の3人が立っていた。大木はそこで次のように言われた。

「石井部隊(731部隊)は、対ソ戦に備えて保護し温存中である。これを暴かれては米軍は非常に困る。この調査から手を引いてくれ」
このことが明るみになったのは、のちに逮捕されることになる平沢貞通が最高裁で上告棄却によって死刑が確定したあとであった。

また、同じく読売新聞の遠藤社会部記者も、藤田捜査本部長から圧力をかけられた。藤田は遠藤に電話をかけて次のように言った。

「今、君のやろうとしている事件から手を引いてくれないか。権威筋からの命令でね」権威筋とはアメリカ当局のことである。「いろいろ関係があって、石井部隊を君一流のスッパ抜きでやられては困るので、とにかくやめてくれ。この埋合わせは他でするよ」
遠藤記者はこの電話があった日から手を引かざるを得なかった。こうした事実があったことが明るみになったのは、1964年(昭和39年)7月に、遠藤が弁護団のために書き残した手記によってであった。

1948年(昭和23年)8月21日、事件発生から約7ヶ月後、突如、毒物についてまったく無知であり、GHQとの付き合いもまったくない、東京のテンペラ画家の平沢貞通(さだみち/当時56歳)が、北海道小樽市の親類の家で逮捕された。
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