Re: 南京大虐殺 −証言
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2011/07/04 19:05 投稿番号: [36370 / 41162]
>「日本軍に中国に来て欲しいと頼んだ覚えは無いのですよ。
日本は支那との合意の上で支那大陸に日本軍を駐屯させていた。
日本は、支那と条約(北京議定書)を交わし、支那の合意の上で、マトモな警察を持たなかった支那の治安維持と平和のために、支那に軍隊を駐屯させていたのだ。
1900年、「義和団の乱」で、支那人たちが北京などに駐在していた外国人を大虐殺した。
北京などで自国民が大虐殺された列国は、連合軍を派遣し、ようやく支那人どもによる外国人大虐殺事件を鎮静した。
そのときに列国と清国と結んだ講和議定書が「北京議定書」だ。
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北京議定書
北京−山海関の12の要地における外国軍の駐屯
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この「北京議定書」は、英・米・仏・露・独・墺・伊・白・西・蘭・日の11カ国と締結され、外国の軍隊が支那に駐屯し、支那の警察の役割を務めることになった。
よって、日本も北京−山海関の重要な地域に日本軍を駐屯させる権利を持っていた。
日本の支那駐屯軍は、港が近い天津に軍司令部を置き、そこに支那駐屯歩兵第1連隊第2大隊、支那駐屯歩兵第2連隊等を配置。
また、北京には北平部隊が置かれ、支那駐屯歩兵旅団司令部および支那駐屯歩兵第1連隊等が配置された。
具体的な部隊配置場所は、黄村=北京(豊台)、郎房、楊村、天津、軍糧城、塘沽、蘆台、唐山、樂州、昌黎、秦皇島、山海関とされていた。
これは メッセージ 36329 (fukagawatohei さん)への返信です.
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