Re: キチガイトーヘンボクちゃん♪
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2011/06/13 01:52 投稿番号: [36264 / 41162]
>日本人は、朝鮮を侵略し殖民地にし、
日本は、双方の合意の上で、条約によって朝鮮を併合した。
>張作霖を謀殺し、
『GRU帝国』のドミトリー・プロホロフのインタビューより
―――――
スターリンは再び、張作霖の暗殺を実行に移す決定を下し、命令した。
暗殺計画の立案とその実行には、クレムリンに報告をあげたエイチンゴンと、1回目の暗殺計画を任命されたが失敗したサルヌインが任命された。
(1927-28年当時、GRUの支那における活動の中心は上海にあり、組織には表の合法機関とは別に、非合法の諜報組織があり、1927年に着任したサルヌインが非合法諜報組織の長をしていた。)
サルヌインは、上海で非合法工作員のとりまとめ役をしていたが、満洲においても多数の工作員を抱えていた。
―――――
>満州事件の隠蔽に、上海第一次事件を引き起こし、
2007/ 2/15 2:16 [ No.16390
投稿者 :
nmwgip
第一次上海事変の経緯
1.1月18日、日蓮宗の2僧及び3人の信者が中国人経営のタオル工場「三友実業社」前で同社の職工百余人から投石・暴行を受け、3名が重傷、1名が数日後死亡。
2.日本人居留民「上海青年同志会員」32名が「三友実業社」に対し抗議を行うも、激昂の余り同社に放火、駆けつけた中国人警官2名を殺害し、2名に重傷を負わせる。但し、日本人も1名が射殺されている。
この不法行為を働いた日本人首謀者は総領事館に自首し、首謀者は長崎地裁で懲役1年6ヶ月の判決を受けている。
3.国民党系新聞が「上海青年同志会員」の暴行を日本軍の使嗾によるものと報道。
日本軍はこれに抗議。
租界当局はこの新聞社を租界の秩序を乱したとの理由で強制閉鎖。
4.1月21日、日本総領事が上海市長に対し、日蓮宗僧侶暴行事件に対する謝罪と加害者の逮捕処罰等を要求。
また居留民に対し、不法行為は日本の国法で処罰される旨警告。
5.事態収拾のため、海軍が巡洋艦、駆逐艦、航空母艦を上海へ増派。
上海の海軍司令官塩沢少将は日本総領事が上海市長に要求した謝罪等の対処を強硬に要求する声明を発するとともに、1月22日、急進派居留民と会談。急進派は示威活動を停止する旨を声明。
6.1月28日朝、日本総領事館に爆弾が投げ込まれる。
7.1月28日午後3時、上海市長は日本総領事の要求を受諾。
8.塩沢司令官、上海に布陣する中国軍の撤退を要求。
9.1月28日午後4時、租界当局が戒厳令を宣布。
上海駐屯の各国軍が担当警備地区に配備開始。
10.日本海軍陸戦隊が日本軍担当地区に配備を開始したところ、便衣隊の狙撃を皮切りに、中国軍より機関銃の猛射を受け、自衛のため反撃。
(信夫淳平著『上海戦と国際法』及び戦史叢書を参照)
>世界を震撼させた34万人以上の虐殺も行い、、、前科もあって、
>マレーシア、シンガポールなどでも大虐殺し、ベトナム人を200万人も餓死させていた。
―――――――
シンガポール・マレーの中国人虐殺とは、彼らは中国人搾取体制を守るゲリラであり、ゲリラは戦時国際法では死刑に相当する行為で、処断は何ら不当なものではない。戦後、中国人ゲリラは現地人を対日協力者として虐殺した。故に、現地政府は中共にゲリラ支援を切らせ、弾圧、処分して撲滅したのである。今日、中国人が迫害され追い出されているのも過去からの侵略的搾取体質に由来する。これを、「中国人は白人に牛(植民地)を飼わせ、ミルクを絞る存在」と嫌われたものである。
『ノモンハン事件の真相と戦果――ソ連軍撃破の記録』小田洋太郎・田端元著(2002年)
―――――――
―――――――
高山正之帝京大学教授が産経新聞の編集委員時代、ハノイの革命博物館を訪れた際、案内のハノイ人民幹部に
「日本軍がベトナムを支配したのは昭和20年3月、クーデターを起こして仏植民軍を追っ払ってから終戦までの5ヶ月間。どうすればそんな短期間に二百万人を餓死させられたのか」
と訊ねたそうだ。それに対してハノイ人民幹部はあっさり「政治宣伝だった」と認めたそうだ。
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日本は、双方の合意の上で、条約によって朝鮮を併合した。
>張作霖を謀殺し、
『GRU帝国』のドミトリー・プロホロフのインタビューより
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スターリンは再び、張作霖の暗殺を実行に移す決定を下し、命令した。
暗殺計画の立案とその実行には、クレムリンに報告をあげたエイチンゴンと、1回目の暗殺計画を任命されたが失敗したサルヌインが任命された。
(1927-28年当時、GRUの支那における活動の中心は上海にあり、組織には表の合法機関とは別に、非合法の諜報組織があり、1927年に着任したサルヌインが非合法諜報組織の長をしていた。)
サルヌインは、上海で非合法工作員のとりまとめ役をしていたが、満洲においても多数の工作員を抱えていた。
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>満州事件の隠蔽に、上海第一次事件を引き起こし、
2007/ 2/15 2:16 [ No.16390
投稿者 :
nmwgip
第一次上海事変の経緯
1.1月18日、日蓮宗の2僧及び3人の信者が中国人経営のタオル工場「三友実業社」前で同社の職工百余人から投石・暴行を受け、3名が重傷、1名が数日後死亡。
2.日本人居留民「上海青年同志会員」32名が「三友実業社」に対し抗議を行うも、激昂の余り同社に放火、駆けつけた中国人警官2名を殺害し、2名に重傷を負わせる。但し、日本人も1名が射殺されている。
この不法行為を働いた日本人首謀者は総領事館に自首し、首謀者は長崎地裁で懲役1年6ヶ月の判決を受けている。
3.国民党系新聞が「上海青年同志会員」の暴行を日本軍の使嗾によるものと報道。
日本軍はこれに抗議。
租界当局はこの新聞社を租界の秩序を乱したとの理由で強制閉鎖。
4.1月21日、日本総領事が上海市長に対し、日蓮宗僧侶暴行事件に対する謝罪と加害者の逮捕処罰等を要求。
また居留民に対し、不法行為は日本の国法で処罰される旨警告。
5.事態収拾のため、海軍が巡洋艦、駆逐艦、航空母艦を上海へ増派。
上海の海軍司令官塩沢少将は日本総領事が上海市長に要求した謝罪等の対処を強硬に要求する声明を発するとともに、1月22日、急進派居留民と会談。急進派は示威活動を停止する旨を声明。
6.1月28日朝、日本総領事館に爆弾が投げ込まれる。
7.1月28日午後3時、上海市長は日本総領事の要求を受諾。
8.塩沢司令官、上海に布陣する中国軍の撤退を要求。
9.1月28日午後4時、租界当局が戒厳令を宣布。
上海駐屯の各国軍が担当警備地区に配備開始。
10.日本海軍陸戦隊が日本軍担当地区に配備を開始したところ、便衣隊の狙撃を皮切りに、中国軍より機関銃の猛射を受け、自衛のため反撃。
(信夫淳平著『上海戦と国際法』及び戦史叢書を参照)
>世界を震撼させた34万人以上の虐殺も行い、、、前科もあって、
>マレーシア、シンガポールなどでも大虐殺し、ベトナム人を200万人も餓死させていた。
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シンガポール・マレーの中国人虐殺とは、彼らは中国人搾取体制を守るゲリラであり、ゲリラは戦時国際法では死刑に相当する行為で、処断は何ら不当なものではない。戦後、中国人ゲリラは現地人を対日協力者として虐殺した。故に、現地政府は中共にゲリラ支援を切らせ、弾圧、処分して撲滅したのである。今日、中国人が迫害され追い出されているのも過去からの侵略的搾取体質に由来する。これを、「中国人は白人に牛(植民地)を飼わせ、ミルクを絞る存在」と嫌われたものである。
『ノモンハン事件の真相と戦果――ソ連軍撃破の記録』小田洋太郎・田端元著(2002年)
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高山正之帝京大学教授が産経新聞の編集委員時代、ハノイの革命博物館を訪れた際、案内のハノイ人民幹部に
「日本軍がベトナムを支配したのは昭和20年3月、クーデターを起こして仏植民軍を追っ払ってから終戦までの5ヶ月間。どうすればそんな短期間に二百万人を餓死させられたのか」
と訊ねたそうだ。それに対してハノイ人民幹部はあっさり「政治宣伝だった」と認めたそうだ。
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これは メッセージ 36021 (jpjptmd2004 さん)への返信です.