南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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Re: キチガイトーヘンボクちゃん♪

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2011/06/13 01:44 投稿番号: [36262 / 41162]
>それに、日本軍というのが民間人を虐殺強姦する野獣の軍隊だということを、中国の農民は知らなかったわけだからね。


日本軍が民間人を虐殺した事実はないのだが、証拠はあるのか?



>農村部から逃げて、安全(だと思われた)南京市内に逃げ込んだ農民もいた(城壁の外にも宝塔街という難民のたまり場ができていた)が、彼らもまた、南京攻略時に殺されたわけだね。


宝塔街という難民のたまり場で殺されたというが、誰が彼らを殺したの?
資料の提示と共に回答しなさい。



>部外の民衆で、未だ他所へ避難できず、難民区にも入れない者は、昼間は一カ所に集まって助け合って身を守っているが、不幸にして日本侵略者に見つかると多くが被害に遭う。
>・・・
>南京市崇善堂埋葬隊活動一覧表・付属文書


死体を埋蔵しただけで、どうして日本侵略者による虐殺って分かるの?
崇善堂なる団体の埋葬記録は戦後の捏造だったことが判明しているから、「活動一覧表・付属文書」とかも捏造だろ。

日本軍が南京に入る前から、死体は山ほど有ったんだぞ。

●清野作戦(焦土作戦)

支那軍は敗走時、日本軍が利用できる物を何も与えないようにするため、民衆から食糧などを奪い、民家などを焼き払う「清野作戦」(焦土戦術)を行った。

上海〜南京、また、南京城壁の周囲1〜2キロにある居住区全域と南京城から半径16キロ以内にある道路沿いの村落と民家を強制的に焼き払った。

南京戦の前後も、支那軍や盗賊による強奪に伴い殺害も発生した。

ラーベ
11月16日、蘇州では、舞い戻ってきた中国の敗残兵によって、ひどい略奪が行われたという。済南の手前にある鉄橋が中国人の手によって爆破されたという。日本人の進攻を防ぐため。

孫元良
やがて我々は崑山から蘇州に後退し、ここで一休みできる筈だったが、蘇州は既に秩序が乱れ収拾不能な都市になっており、我々に休む間を与えなかった。

第九師団・第36連隊長・脇坂次郎氏
上海から南京に進軍中、我が部隊は常に先頭に立ったが、沿道の部落の家屋が焼却され、毀損され、また家屋内が略奪されていたのが相当認められた。
これは支那軍が退却に際し・穀ホ・破壊した、支那軍民の常習たる戦時の略奪によるものであると、支那人民から聞いた。

第九師団・山砲第九連隊・第七中隊長大内義秀氏
わが部隊は、蘇州へ向けて進撃すべく命をうけ、第一線部隊として進み、蘇州到着までは、ほとんど敵の抵抗を受けなかったが、蘇州に至る間の部落は酷く焼かれ、屋根のある家は少なく、住民もいなかった。
このような破壊は、支那軍が退却に際して行ったものと認める

第三師団・野砲兵第五連隊・第一大隊観測班長大杉浩氏
上海から南京へ行く途中のある部落で、稲の堆積されたものが、焼き棄ててあるのを見た。
部落民にその理由を尋ねたところ、それは支那軍が退却の際、日本軍に渡さない為、焼却したと説明を受けた。

ミニー・ヴォートリン
12月6日
UP特派員のマクダニエルがきょう話してくれたところでは、きのう句容へ行ってみたが、人が住んでいる村はただの一つもなかったそうだ。中国軍は村びとを一人残らず連れ出し、そのあと村を焼き払っているのだ。まったくの「焦土作戦」だ。
12月8日
中国軍に自宅から即時立ち退きを命じられ、これに従わなければ、反逆者とみなされて銃殺される。軍の計画を妨害すれば、家が焼き払われる場合もあるそうだ。
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