キチガイnanja君
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2011/06/08 16:59 投稿番号: [35986 / 41162]
>1日平均20kmを進軍し、毎日虐殺対象を捜索、虐殺を実行し、その後夜営準備の後就寝、絶対不可能だな(大爆笑)
まあ〜、現人神がトップの日本軍なら普通の人間にはできない
事もできたんじゃないですか。
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南京攻略に参加した陸軍部隊の編成は以下のとおりです。ごく大雑把に言うと、上海派遣軍は上海から南京までの直線コースに近い北よりのルートを取り、第10軍は南側から迂回して途中から北上するルートを取っています。
全部で10個師団、うち直接南京市内に入城したのはそのうちの約半分、4個師団と3個連隊(合計すれば5個師団弱に相当)です。
南京戦当時の1個師団の兵力は、定数では約2万2000前後 (実数はもっと多かったらしい) ですから、南京城内を直接攻撃した総兵力は10万人程度と推定されます。
(省略)
また、これと平行して海軍は航空隊上海の飛行場に展開し、南京とその周辺に対して激しい空襲を繰り広げるとともに、河川砲艦の艦隊が南京を目指して揚子江を遡りました。
11月19日頃から南京への進撃に移った各部隊は、1日平均15キロから20キロの速度で前進し、12月初旬には南京市に接近します。
南京大虐殺とは呼ばれていますが、実際には虐殺は南京市の市街地だけでおこったのではありません。日本軍の進撃路上の各所で起こっています。
たとえば、12月4日、南京市街まで60km以上離れた句容県の倪塘村に第16師団歩兵第20連隊が侵攻し、そのまま宿営しました。
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これは メッセージ 35983 (nanja3231 さん)への返信です.
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