報ステ【戦争の話を聞かせてください】の虚
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2011/06/06 21:15 投稿番号: [35896 / 41162]
報ステで捕虜殺害の証言を放送
真実は便衣兵の処刑、テレビ朝日に抗議文!
【戦争の話を聞かせてください】登場の黒田千代吉は半年前「便衣兵を銃剣でついて殺した」と証言
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-4266.html
(一部抜粋)
6月2日放送の「報道ステーション」【戦争の話を聞かせてください】を拝見しました。
番組では黒田千代吉さんらが捕虜を銃剣で突き殺したことについて、「上官の命令で他の18人の兵士たちも、次々とその捕虜を刺し、中国人の捕虜は息絶えた。終戦の僅か1か月前の事でした。」と述べていました。
しかし、2010年12月に、NPO法人ブリッジ・フォー・ピース(BFP)が黒田千代吉さんに対して行った取材報告には、次のように述べられています。
――――――
昭和二十年六月十日ごろ、カン州(現在江西省:難しい漢字)に到着。秋水591大隊本隊に合流。長い行軍が終わる。当初千二百名いた初年兵が、四百人に減っていた。ここで休養した後、戦闘訓練を行う。刺突訓練などをやっていた。
ある日、日本軍の分哨が攻撃され戦闘になった。そして便衣兵一名が捕えられた。刺突訓練を行っていた時、その便衣兵を銃剣でついて殺した。
――――――
上記「NPO法人ブリッジ・フォー・ピース(BFP)」の公式HPによれば、銃剣で突いて殺したのは、国際法で保護すべき捕虜ではなく、その場で処刑すべき便衣兵だとされています。
ちなみに、黒田千代吉著『最後の初年兵―3千キロ死の行軍』(2002/4/1)にも、夜に用便のため少し離れた戦友(梯団の仲間)が敵の便衣兵(便衣隊)拉致された話が述べられています。
日本兵が用足し中に敵の便衣兵(便衣隊)に拉致されたりすることは良くあったとのことです。
番組では、黒田千代吉さんが銃剣でついて殺した相手は正式な捕虜だったのか、それとも戦闘で捕えた便衣兵だったのか、確認したのでしょうか?
正式な捕虜だとすれば、収容所から連れ出した事になりますが、兵士が勝手に収容所から捕虜を連れ出すことなど出来ません。
ましてや、その捕虜を刺突訓練のために銃剣で突き殺したりすれば、軍法会議にかけられた後、死刑にされることは間違いありません。
したがって、事実としては、黒田千代吉さんが銃剣でついて殺した相手は正式な「捕虜」ではなく、「戦闘で捕えた便衣兵」でした。
黒田さんは「捕虜」という表現で発言していますが、日本軍将兵は正確には国際法上の「捕虜」ではない「捕まえた敗残兵や便衣兵」のことも全て「捕虜」と呼んでいたのです。
日本軍将兵が、捕まえた敵の敗残兵や便衣兵などのことも、全て「捕虜」や「俘虜」などと呼んでいた簡単な事例を次に紹介します。
歩兵第三十三連隊を統括した第三十旅団長佐々木到一少将が日記を元に書き起こした佐々木私記には、次の記述があります。
――――――
午後二時頃概して掃蕩を終って背後を安全にし、部隊を纏めつつ前進和平門に至る。その後俘虜続々投降し来り数千に達す、激昂する兵は上官の制止を肯かばこそ片はしより殺戮する。
――――――
既に俘虜(捕虜)となっているのであれば投降するはずがありません。
まだ俘虜(捕虜)ではない敗残兵だから、「投降し来り」となるのです。
ここでは、敗残兵が俘虜(捕虜)と表現されています。
このように、日本軍将兵には、捕まえた敵の敗残兵や便衣兵などのことを全て「捕虜」や「俘虜」と呼ぶ習慣がありました。
収容所に収容していた正式な捕虜ならば国際法で保護する義務がある一方、捕まえた便衣兵ならば処刑する必要がありました。
(略)
テレビ朝日が報道番組において、このような話を放送する以上、真実を正確に報道する義務があります。
すなわち、黒田千代吉さんは「捕虜を殺した」(違法)と証言しましたが、実際に黒田さんが殺したのは保護すべき「捕虜」ではなく、戦闘で捕まえた便衣兵だった(殺しても合法)ことを視聴者に伝えなければなりません。
勿論その際には、日本軍将兵が正確には国際法上の「捕虜」ではない「捕まえた敗残兵や便衣兵」のことも「捕虜」と呼んでいたことを説明するべきでしょう。
番組では黒田さんたちが行った便衣兵の殺害(処刑)を悪いことと結論付けていましたが、それは大きな間違いです。
黒田さんに便衣兵の処分に関する知識がないことを悪用して、日本軍が悪いことをしたと誤解を生ぜしめる番組をつくったことは、大きな問題です。
私は、テレビ朝日に対して、放送で謝罪と訂正を行うことを強く要請します。
真実は便衣兵の処刑、テレビ朝日に抗議文!
【戦争の話を聞かせてください】登場の黒田千代吉は半年前「便衣兵を銃剣でついて殺した」と証言
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-4266.html
(一部抜粋)
6月2日放送の「報道ステーション」【戦争の話を聞かせてください】を拝見しました。
番組では黒田千代吉さんらが捕虜を銃剣で突き殺したことについて、「上官の命令で他の18人の兵士たちも、次々とその捕虜を刺し、中国人の捕虜は息絶えた。終戦の僅か1か月前の事でした。」と述べていました。
しかし、2010年12月に、NPO法人ブリッジ・フォー・ピース(BFP)が黒田千代吉さんに対して行った取材報告には、次のように述べられています。
――――――
昭和二十年六月十日ごろ、カン州(現在江西省:難しい漢字)に到着。秋水591大隊本隊に合流。長い行軍が終わる。当初千二百名いた初年兵が、四百人に減っていた。ここで休養した後、戦闘訓練を行う。刺突訓練などをやっていた。
ある日、日本軍の分哨が攻撃され戦闘になった。そして便衣兵一名が捕えられた。刺突訓練を行っていた時、その便衣兵を銃剣でついて殺した。
――――――
上記「NPO法人ブリッジ・フォー・ピース(BFP)」の公式HPによれば、銃剣で突いて殺したのは、国際法で保護すべき捕虜ではなく、その場で処刑すべき便衣兵だとされています。
ちなみに、黒田千代吉著『最後の初年兵―3千キロ死の行軍』(2002/4/1)にも、夜に用便のため少し離れた戦友(梯団の仲間)が敵の便衣兵(便衣隊)拉致された話が述べられています。
日本兵が用足し中に敵の便衣兵(便衣隊)に拉致されたりすることは良くあったとのことです。
番組では、黒田千代吉さんが銃剣でついて殺した相手は正式な捕虜だったのか、それとも戦闘で捕えた便衣兵だったのか、確認したのでしょうか?
正式な捕虜だとすれば、収容所から連れ出した事になりますが、兵士が勝手に収容所から捕虜を連れ出すことなど出来ません。
ましてや、その捕虜を刺突訓練のために銃剣で突き殺したりすれば、軍法会議にかけられた後、死刑にされることは間違いありません。
したがって、事実としては、黒田千代吉さんが銃剣でついて殺した相手は正式な「捕虜」ではなく、「戦闘で捕えた便衣兵」でした。
黒田さんは「捕虜」という表現で発言していますが、日本軍将兵は正確には国際法上の「捕虜」ではない「捕まえた敗残兵や便衣兵」のことも全て「捕虜」と呼んでいたのです。
日本軍将兵が、捕まえた敵の敗残兵や便衣兵などのことも、全て「捕虜」や「俘虜」などと呼んでいた簡単な事例を次に紹介します。
歩兵第三十三連隊を統括した第三十旅団長佐々木到一少将が日記を元に書き起こした佐々木私記には、次の記述があります。
――――――
午後二時頃概して掃蕩を終って背後を安全にし、部隊を纏めつつ前進和平門に至る。その後俘虜続々投降し来り数千に達す、激昂する兵は上官の制止を肯かばこそ片はしより殺戮する。
――――――
既に俘虜(捕虜)となっているのであれば投降するはずがありません。
まだ俘虜(捕虜)ではない敗残兵だから、「投降し来り」となるのです。
ここでは、敗残兵が俘虜(捕虜)と表現されています。
このように、日本軍将兵には、捕まえた敵の敗残兵や便衣兵などのことを全て「捕虜」や「俘虜」と呼ぶ習慣がありました。
収容所に収容していた正式な捕虜ならば国際法で保護する義務がある一方、捕まえた便衣兵ならば処刑する必要がありました。
(略)
テレビ朝日が報道番組において、このような話を放送する以上、真実を正確に報道する義務があります。
すなわち、黒田千代吉さんは「捕虜を殺した」(違法)と証言しましたが、実際に黒田さんが殺したのは保護すべき「捕虜」ではなく、戦闘で捕まえた便衣兵だった(殺しても合法)ことを視聴者に伝えなければなりません。
勿論その際には、日本軍将兵が正確には国際法上の「捕虜」ではない「捕まえた敗残兵や便衣兵」のことも「捕虜」と呼んでいたことを説明するべきでしょう。
番組では黒田さんたちが行った便衣兵の殺害(処刑)を悪いことと結論付けていましたが、それは大きな間違いです。
黒田さんに便衣兵の処分に関する知識がないことを悪用して、日本軍が悪いことをしたと誤解を生ぜしめる番組をつくったことは、大きな問題です。
私は、テレビ朝日に対して、放送で謝罪と訂正を行うことを強く要請します。