南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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日中歴史共同研究

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2011/05/20 09:40 投稿番号: [35375 / 41162]
死体は、大部分は下関埠頭とやや下流のところから長江(揚子江)に投げ込み、一部は浦口の東側で焼却、埋葬された(主にガソリンをかけて焼き払ってから、窪地や横穴などを利用して埋葬した)。

南京市内の死体は主に攻略部隊によってトラックで長江(揚子江)岸辺まで運ばれ、埠頭の上流から川に投げ込まれた。

死体の大部分は南京下関埠頭で川の中に投げ込まれ、一部は舟で川の真ん中まで運ばれて投げ込まれた。

南京碇泊場司令部の輸送要因の人数と使用する機材・・汽船約30艘(一艘では死体50体が積める)、陸上輸送兵約800名(碇泊場司令部が南京に移転するとき、第11軍から配属されてきたもの)、トラック10台(遠いところの死体運搬に使い、一台に死体50体を積み込むことができる)があった。

(下関地区は碇泊場司令部の担当だった)下関地区の死体は、ほとんど埠頭まで運ばれた川の中に投げ込まれた。

埠頭から遠いところの死体の運搬はトラックまたは手押し車を、近いところの運搬は旧拵えの担架を使用した。死体は貨物と同じように扱われ、大部分は鉄鉤を使った。

死体の中の重傷を負ってまだ息のあった者は、鉄鉤で頭部と心臓部を突き刺して殺してから運んだ。

焼却地と埋葬地までの運搬には、汽船を使った。一回で汽船30艘を繰り出し、毎日延べ10回で、二日間続きました。汽船への積み込みは、輸送隊が担当し、焼却と埋葬作業は、攻略部隊の約50人がやってきた。
作業員は船で作業場まで運ばれてきた。

碇泊上司令部が担当した死体の処理は、二段階に分けられ、第一段階は12月14日と15日の二日間であり、当時太田寿男はまだ南京に配属されておらず、安達が一人で死体処理の行動を指揮して、死体6万5千体を処理した。

そのうち、3万5千体が長江(揚子江)に投げ込まれ、3万体が浦口まで運ばれて焼却、埋葬された。

第二段階は、太田が南京に着いてからの12月16日までの3日間であり、計3万5千体の死体が長江(揚子江)の中に投げ込まれた。

死体を焼却する場所は、南京の対岸にある浦口の東約4キロのところであり、長江(揚子江)の岸辺まで5,6百メートル離れていた。

埋葬は、みぞ、窪地または新しく掘った壕か穴を利用した。これらのところでは、死体3万体をガソリンをかけて、焼き払った。焼き残った残骸は、土を上にかぶせて埋めまた。

埋葬と焼却の場所の面積は、直径5,6百メートル、長さ700メートルないし1000メートルまでだった。
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