Re: 横 - 蒋介石
投稿者: unhoo 投稿日時: 2011/04/20 13:15 投稿番号: [34987 / 41162]
>横から失礼しますが、その(蒋介石が日本に戦争を仕掛けた)という
具体的な事象をもう少し詳しく説明して頂けませんか。
レス:
昭和12年8月、上海包囲司令官だった某将軍(姓名は記憶していないが、調べ出すことは可能)は、戦後蒋介石も死んでから、香港で新聞記者記者にこう語った:
「上海で大山中尉と彼の部下を殺したのは、わたしが蒋委員長の直命を受けて、やったことである。当時蒋委員長は日本軍が華北で紛糾を解決して有利な形勢を作らないように、事件を拡大することにしたのである。蒋委員長はこの偉大なる戦略で事件を拡大して、終に日本に勝った」というような内容の談話である。この記事は今から30年ほど前の台湾の中央日報に掲載された。
わしはその記事の切抜きを保存しており、今から数年前にヤフー掲示板に翻訳して投稿しようとしたことがあるが、だらだらと冗長な文章で、訳するに根気が続かなくて中止した。その切抜きは今でも持っているはずだが、もはやよほどの理由がない限り探し出して翻訳することはしない。
大山中尉殺害事件は蒋介石が命令したのだということは、今では蒋介石崇拝派の支那人によく知られており、蒋介石の偉大なる戦略とされている。
某将軍は戦時中蒋介石に重く用いられたが、二次大戦後蒋介石軍が中共軍に負けたとき、彼は蒋介石と一緒に台湾へ逃れることなしに、香港へ行って、生涯を終えたらしい。
日本は明治維新前欧米諸国からかずかずの不平等条約を強いられ、それを改訂するためにいろいろな方法を取った。功をあせって鹿鳴館のような珍法もやったが、結局は法律や政治の整備で欧米諸国の信任を獲得して成功した。
支那はまだ不平等条約を強要される前に、1900年に義和団事件を起こして、外国勢力勢力を追い出そうとしたが、戦闘で負けて、かえって不平等条約を締結させられた。それにも懲りずにたびたび義和団式の抗争を繰り返しては失敗した。その中に日本勢力に対してのみ抗争し、その他の欧米諸国との抗争は停止するという方法を取った。その後各地で行われた抗日運動は、実は日本だけを相手にした義和団抗争であった。
これは メッセージ 34971 (fukagawatohei さん)への返信です.
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