Re: 白痴
投稿者: anthony_7145 投稿日時: 2011/03/22 18:01 投稿番号: [34810 / 41162]
>ドストエフスキーは、真っ正直な人間を白痴と表現した、アンポン君。
黒沢は、癲癇性の白痴に罹った人間を表現した、アンポン君。
はい残念。
真っ正直な人間を「白痴」と表現するだけでは小説になりませんし、癲癇性の白痴に罹った人間を表現しただけでは映画になりません。
ドストエフスキーの「白痴」は未読であり、既読の小説は「罪と罰」「カラマーゾフの兄弟」だけですが、そこに共通して貫かれるテーマは、神学的な視点を通した「真」「善」「自由」です。
黒澤の「白痴」はDVDで見ましたが、それがドストエフスキーの原作に基づいているとされるなら、この小説「白痴」のテーマは特に「善」とはいかに形成しうるものなのかを問うているものといえるでしょう。
それは極めて神学的な思索ですが、己を犠牲にしても無限の善である神を愛していくことが、隣人愛や他者愛、そして敵すらも愛することができるという前提を土台としたドストエフスキーの思想が、ローマ帝国の東西分裂から生まれたギリシャ東方教会の流れを汲んでいるロシア正教会の伝統的な思索を背景にしたものであるのなら、いかにして人間は「善」なる存在になることができるのか、また近づくことができるのかを、普通一般に善いと思われるさまざまな事象への執着を蔑ろにしてまでも、無限なるものである神に心を披くことによって求めようとしているといえるでしょう。
そして「善」をとことん追求した人間を表現しようとすれば、純粋無垢な白痴という人間にたどりつくというのがこの小説、そして映画「白痴」です。
さらにもう一つの隠されたテーマとして、白痴こそが「真理」に近づく存在であることも見落としてはなりません。なぜなら情報が錯綜する現代社会に適応するために人間が捨象してきたものを能力として保持している者が白痴に他ならないからです。
わかったね。
これは メッセージ 34809 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
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