Re: 天皇制
投稿者: maximirion 投稿日時: 2011/03/19 10:42 投稿番号: [34780 / 41162]
しかし、天皇制を否定するのも、個人の自由でしょう。
問題は、天皇制そのものの形式ではなく、天皇個人の資質では
ないでしょうか。>
日本国憲法の下で生きるなら、天皇制という制度を否定する自由はないのですよ。
天皇制を改定したいとか、廃止にしたいとか論拠を示して民心に訴えて改憲などを働きかける自由やそういう議論をする自由はありますが、実現するまでは受け入れて認めなければならないのが、日本という法治国家で主権を有する者の責務です。
べつに、天皇制がなくても、天皇個人の人格が優れていれば、
日本の国民は天皇を尊敬すると思います。>
天皇を尊敬するかどうかは、それこそ国民個々の資質に因るところです。
日本人として、善きも悪しきも連なる日本の歴史と伝統及び文化を継承する正当な日本人であるならば、天皇という存在を尊び大切に思うものです。
産まれてこの方、国民に依って生涯私人であることを許されずに公為る存在として振舞い続ければならない中、日本人として最も公人でなければならない自覚を以て常に国民とその国家に眼を向けて、安寧と平和を毎日欠かさず祈り続ける役割を全うする存在が、天皇なのです。
明治憲法に主権者と謳われても、それは現在の憲法で言う処の象徴とその意義は変わらない。
幕府統治下での天皇と戦後の天皇の立場大きな違いはありません。
明治維新以降終戦までの間は、為政者を権威という立場から最高位の公として嗜める権限だけを鉾として掌中にしながら見守るという本来の在り方に戻っていただけ。
多くの場合、為政者や下種な武人は、天皇の権威を笠に、その御名を盾に、己の鉾を振りかざしたがるものです。
それがどういう方向へ進んで行くにしても、限界ぎりぎりまで天皇は胆力を以て見守り、民心や為政者に必要とされる裁可を粛々と下していくのです。
国民の祖国である国家が危うい時には、今一歩立ち止まって見直すためのヒントとなる言葉を置くだけです。
それを国民や為政者が受け止めるのか見過ごすのか、受け止めた場合にどうなっていくのかすら胆力を以て見守るのですよ。
天皇が歴史上も今上に於いても護りたいのは、国民の安寧と国家の行く末であって、為政者や政府でないばかりかその御身でもありません。
なぜなら、天皇は産まれてこの方、御自らが公なる存在と自覚して存在し続け、特に即位後は私心を以て他者に与することなど考えもしないからです。
己個人の権利が大事で、他者の権利は二の次で当然だと考える個人の尊重第一義主義な人間には、何度死んでも解らないことですね。
天皇制がどうのこうの言われる自体、昭和天皇に対する評価が
分かれている表れではないでしょうか。>
天皇制をどうのこうのという人間は、天皇制をなくしたい極一握りの日本人だけです。
天皇に対する評価もその辺で分れているだけで、多くの日本人はわざわざ評価もしなければどうのこうの言うことも考えることもしないのですよ、普段は。
ただ、時折ふとその在り難さに気を留め、その存在に想いを依するだけです。
※想いは想念と、依するは神が依り降ると、同義です。
問題は、天皇制そのものの形式ではなく、天皇個人の資質では
ないでしょうか。>
日本国憲法の下で生きるなら、天皇制という制度を否定する自由はないのですよ。
天皇制を改定したいとか、廃止にしたいとか論拠を示して民心に訴えて改憲などを働きかける自由やそういう議論をする自由はありますが、実現するまでは受け入れて認めなければならないのが、日本という法治国家で主権を有する者の責務です。
べつに、天皇制がなくても、天皇個人の人格が優れていれば、
日本の国民は天皇を尊敬すると思います。>
天皇を尊敬するかどうかは、それこそ国民個々の資質に因るところです。
日本人として、善きも悪しきも連なる日本の歴史と伝統及び文化を継承する正当な日本人であるならば、天皇という存在を尊び大切に思うものです。
産まれてこの方、国民に依って生涯私人であることを許されずに公為る存在として振舞い続ければならない中、日本人として最も公人でなければならない自覚を以て常に国民とその国家に眼を向けて、安寧と平和を毎日欠かさず祈り続ける役割を全うする存在が、天皇なのです。
明治憲法に主権者と謳われても、それは現在の憲法で言う処の象徴とその意義は変わらない。
幕府統治下での天皇と戦後の天皇の立場大きな違いはありません。
明治維新以降終戦までの間は、為政者を権威という立場から最高位の公として嗜める権限だけを鉾として掌中にしながら見守るという本来の在り方に戻っていただけ。
多くの場合、為政者や下種な武人は、天皇の権威を笠に、その御名を盾に、己の鉾を振りかざしたがるものです。
それがどういう方向へ進んで行くにしても、限界ぎりぎりまで天皇は胆力を以て見守り、民心や為政者に必要とされる裁可を粛々と下していくのです。
国民の祖国である国家が危うい時には、今一歩立ち止まって見直すためのヒントとなる言葉を置くだけです。
それを国民や為政者が受け止めるのか見過ごすのか、受け止めた場合にどうなっていくのかすら胆力を以て見守るのですよ。
天皇が歴史上も今上に於いても護りたいのは、国民の安寧と国家の行く末であって、為政者や政府でないばかりかその御身でもありません。
なぜなら、天皇は産まれてこの方、御自らが公なる存在と自覚して存在し続け、特に即位後は私心を以て他者に与することなど考えもしないからです。
己個人の権利が大事で、他者の権利は二の次で当然だと考える個人の尊重第一義主義な人間には、何度死んでも解らないことですね。
天皇制がどうのこうの言われる自体、昭和天皇に対する評価が
分かれている表れではないでしょうか。>
天皇制をどうのこうのという人間は、天皇制をなくしたい極一握りの日本人だけです。
天皇に対する評価もその辺で分れているだけで、多くの日本人はわざわざ評価もしなければどうのこうの言うことも考えることもしないのですよ、普段は。
ただ、時折ふとその在り難さに気を留め、その存在に想いを依するだけです。
※想いは想念と、依するは神が依り降ると、同義です。
これは メッセージ 34761 (fukagawatohei さん)への返信です.