南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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Re: バカウヨの矛盾 日本の経済発展

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/03/14 09:22 投稿番号: [34732 / 41162]
1971年(昭和46年)には9月27日から10月14日にかけて17日間、再度イギリスやオランダ、スイスなどヨーロッパ諸国7カ国を訪問した。訪問先には数えられていないが、このとき、経由地としてアラスカのアンカレッジに立ち寄っており、アンカレッジ国際空港内でワシントンD.C.から訪れたアメリカ合衆国大統領のリチャード・ニクソンとも会見、実質的にアメリカも訪問している。当初の訪問地であるデンマークやベルギー、フランスなどでは暖かく歓迎された。

訪問先のフランスでは、当時イギリスを追われ事実上同国に亡命していた旧知のウィンザー公と隠棲先で再会、しばし歓談している。しかし、第二次世界大戦当時に植民地支配していたビルマや、インドネシアなどにおける戦いにおいて旧日本軍の捕虜となった退役軍人が多いイギリスとオランダでは抗議運動を受けることもあった。特に、植民地とその住人に対する搾取によって多大な利益を受けていたインドネシアを戦争の末に失い、アジアにおける拠点を完全に失ったオランダにおいては、生卵や魔法瓶を投げつけられ、同行した香淳皇后が憔悴したほど抗議はひどいものであった。

1975年(昭和50年)には、ジェラルド・R・フォード大統領(当時)の招待によって9月30日から10月14日まで14日間にわたって、アメリカ合衆国を公式訪問した。天皇の即位後の訪米は史上初の出来事である[46]。訪米に前後し、左翼組織[47]によるテロが相次いだ。

天皇はウィリアムズバーグに到着して後、2週間にわたってアメリカに滞在し、訪米前の予想を覆してワシントンD.C.やロサンゼルスなど、訪問先各地で大歓迎を受けた。10月2日フォード大統領との公式会見、10月3日のアーリントン国立墓地に眠る無名戦士の墓への献花、10月4日のニューヨークでのロックフェラー邸訪問とアメリカのマスコミは連日大々的に報道し、新聞紙面のトップは天皇の写真で埋まった(在米日本大使館の職員たちは、その写真をスクラップして壁に張り出したという)。ニューヨーク訪問時には、真珠湾攻撃の生き残りで構成されるパールハーバー生存者協会が天皇歓迎決議を行っている。訪米中は学者らしく、植物園などでのエピソードが多かった。

ホワイトハウス晩餐会でのスピーチでは、戦後アメリカが日本の再建に協力したことへの感謝の辞などが読み上げられた。ロサンゼルス滞在時にはディズニーランドを訪問し、ミッキーマウスの隣で微笑む写真も新聞の紙面を飾った。同地ではミッキーマウスの腕時計を購入したことが話題になった。帰国の当日には二種類の記念切手が発行されており、この訪米が一大事業であったことを物語っている。昭和天皇の外遊は、この訪米が最後のものであった。
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