Re: 中国では 人食いが美談
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2010/11/03 21:45 投稿番号: [34234 / 41162]
>最近の中国からの帰化が今後も進めば、池に人の頭蓋骨を大量に捨てられていたと報道される日も近い、、、と予測されます。>
いや〜、本当に恐ろしいですねぇ〜:
↓
人骨問題とは?
1989年7月22日、新宿区戸山の国立予防衛生研究所建設現場から、ほとんどが頭骨と大腿骨という多数の奇妙な人骨が発見されました。
たまたま工事現場近くで、弥生式住居跡の遺跡発掘にあたっていた戸山遺跡調査会は、見つかった人骨は埋蔵文化財ではないと判断し、警視庁牛込署に通報しました。
通報を受けた警視庁牛込署は、科捜研に鑑定を依頼、その結果は以下のとおりです。
1、個体数35体
2、死後経過年数20年以上
3、犯罪と認められる加害の証跡なし
戸山遺跡調査会が、埋蔵文化財と判断しなかった根拠は何でしょうか。明らかに「警察に通報すべき」と判断する事情があったのでしょうか。現場に居合わせた人からは調査会が当日残したメモがあった筈だといいますが、東京都はその公開を拒んだどころか、存在すら認めていません。
この土地は元々陸軍軍医学校があった土地です。専門家や多くの市民は、発見当初から「七三一部隊」など戦時中の医学犯罪の証拠ではないかと疑いをもち、新宿区もそれらの声に答えて真相の究明を約束しました。
そして、区長、区議会一体となって、厚生省に調査を要求、さらに独自鑑定に取り組みました。
ところが厚生省は、その声に答えないどころか、新宿区に人骨の速やかな焼却・埋葬を要求してきました。
そこに陸軍軍医学校があった
人骨が発見された場所が「旧陸軍軍医学校」跡地であったということは、何を意味するのでしょうか。
軍医学校は、文字どおり軍医の教育・養成をするところです。ところで、日本の軍医が戦地で何をしていたか。元軍医が貴重な証言をしています。戦地の病院で数回にわたり生体解剖や人体実験を行っていたというのです。
重要なことは、このおぞましい体験が、当時決して特別なことではなかったということです。
また「七三一部隊」は、凍傷実験や毒ガスの致死実験、異種血液の注入、伝染病の感染実験など、考えられるかぎりの残虐な人体実験を行い、大量殺戮兵器として国際法上使用が禁止されていた、細菌などを使った生物兵器や、毒ガス兵器の研究・開発を行っていたことで有名です。
毒ガスについては、今日も遺棄弾が数万〜数十万発以上残っており、未だに付近住民を苦しめています。細菌戦については、寧波、常徳など中国各地で少なくとも4回実施されました。
この「七三一部隊」は、中国全土やシンガポールにまで展開していた防疫給水部のなかの一部隊に過ぎません。これらの統括機関であった防疫研究室は、軍医学校の防疫部に設立され、大学の医学部など、当時の医学アカデミズムと七三一部隊などをつなぐ役割を果たしていました。
つまり軍医学校や防疫研究室があった新宿戸山という場所は「七三一部隊」をはじめとする戦時医学犯罪の拠点であったということです。
いや〜、本当に恐ろしいですねぇ〜:
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人骨問題とは?
1989年7月22日、新宿区戸山の国立予防衛生研究所建設現場から、ほとんどが頭骨と大腿骨という多数の奇妙な人骨が発見されました。
たまたま工事現場近くで、弥生式住居跡の遺跡発掘にあたっていた戸山遺跡調査会は、見つかった人骨は埋蔵文化財ではないと判断し、警視庁牛込署に通報しました。
通報を受けた警視庁牛込署は、科捜研に鑑定を依頼、その結果は以下のとおりです。
1、個体数35体
2、死後経過年数20年以上
3、犯罪と認められる加害の証跡なし
戸山遺跡調査会が、埋蔵文化財と判断しなかった根拠は何でしょうか。明らかに「警察に通報すべき」と判断する事情があったのでしょうか。現場に居合わせた人からは調査会が当日残したメモがあった筈だといいますが、東京都はその公開を拒んだどころか、存在すら認めていません。
この土地は元々陸軍軍医学校があった土地です。専門家や多くの市民は、発見当初から「七三一部隊」など戦時中の医学犯罪の証拠ではないかと疑いをもち、新宿区もそれらの声に答えて真相の究明を約束しました。
そして、区長、区議会一体となって、厚生省に調査を要求、さらに独自鑑定に取り組みました。
ところが厚生省は、その声に答えないどころか、新宿区に人骨の速やかな焼却・埋葬を要求してきました。
そこに陸軍軍医学校があった
人骨が発見された場所が「旧陸軍軍医学校」跡地であったということは、何を意味するのでしょうか。
軍医学校は、文字どおり軍医の教育・養成をするところです。ところで、日本の軍医が戦地で何をしていたか。元軍医が貴重な証言をしています。戦地の病院で数回にわたり生体解剖や人体実験を行っていたというのです。
重要なことは、このおぞましい体験が、当時決して特別なことではなかったということです。
また「七三一部隊」は、凍傷実験や毒ガスの致死実験、異種血液の注入、伝染病の感染実験など、考えられるかぎりの残虐な人体実験を行い、大量殺戮兵器として国際法上使用が禁止されていた、細菌などを使った生物兵器や、毒ガス兵器の研究・開発を行っていたことで有名です。
毒ガスについては、今日も遺棄弾が数万〜数十万発以上残っており、未だに付近住民を苦しめています。細菌戦については、寧波、常徳など中国各地で少なくとも4回実施されました。
この「七三一部隊」は、中国全土やシンガポールにまで展開していた防疫給水部のなかの一部隊に過ぎません。これらの統括機関であった防疫研究室は、軍医学校の防疫部に設立され、大学の医学部など、当時の医学アカデミズムと七三一部隊などをつなぐ役割を果たしていました。
つまり軍医学校や防疫研究室があった新宿戸山という場所は「七三一部隊」をはじめとする戦時医学犯罪の拠点であったということです。
これは メッセージ 34223 (stmtr314stmtr さん)への返信です.