Re: mak7664647さんへ質問
投稿者: alde5894 投稿日時: 2010/09/05 13:08 投稿番号: [33850 / 41162]
>避難区に逃げ込んで生き延びた老若男女がまるで井戸の蛙で、
日本軍による大虐殺という外の世界で起きたことを全く知らなかったのだ。<
中国側の文献には、難民区内でも虐殺したと書いてありますよ。jpjptmd2004さんは中国人なのに知らないのですか。
==========>
日本軍は入城してのち、健康路、白下路、大光路、石鼓路、中山路、中央路などの場所で、路上の難民の群れに対して気違いのように射撃をおこない、刀を振り回し、たちまちに道路と町中は血と肉が散乱し、死体が溢れた。「路上には東に一つ、西に一つとどこもわが同胞の死体であった……大半はいずれも一塊りの血と肉と棉衣とが一緒になって区別がつかず、腹の皮はパックリと開かれ、ある者は陽物も切り取られていた……。」「街に歩いて行くと黒い煙と赤い焔がなおも跡切れず、同胞の死体は実際多く、恐るべきものがあった。とりわけ多くの女性の裸の死体が増えていた。あるものは暴行に逆らって敵兵に勢いの赴くところ腹を割かれ、手や腕は傷だらけであった。一〇のうち八は腹を破られ、腸が外に飛びだしていた。さらに何人かの母親が血にまみれた胎児と一緒に横たわっていた。」日本軍は一戸一戸、屋内に隠れている住民を捜索し、さらに火を放って家を焼き、市民を外に逃げ出すように強いたうえで、けだもののように兵がかれらを虐殺したのである。
中山路、鼓楼、新街口などの地区および難民区内において、万の数にのぼる住民が虐殺された。たとえば、張学慶は鼓楼二条巷の難民区で機関銃で射殺された。行商人の劉毛兄弟の三人はいずれも銃殺された。難民区の中の清掃隊員七人のうち、六人が殺害され、一人が負傷したが脱出した。街の通りには死体が多く、そのすべてが一般民のものであった。『証言・南京大虐殺』(青木書店)p39〜40
<==========
これは メッセージ 33810 (jpjptmd2004 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/33850.html